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思い出、宝箱

 昼間は汗をかくほどに暑くても、陽が落ちると火を焚いたとしても肌寒く感じることがある。
 フェルと旅を始めた頃は魔法も碌に使えなくて──今も上手いとは言えないが──雨風を凌ぐには洞窟や大きな木の下を探すしかなかった。今まで運良く雨ざらしで夜を過ごすなんてことはなかったが、遮蔽物のない夜空の下でネットスーパーで買った毛布に包まり眠ったことは幾度もあった。
 その日も星が綺麗に見える夜だった。
 澄んだ空気に身も心も浄化されていく気持ちになったが、それと同時に澄みきった空気は体の芯までも冷やしていく。いつもより焚き火を強くし、もう一枚毛布を上から被ってはみたものの、それでも足先から徐々に冷気が忍び寄ってくる。
 ふるり、と震える体を少しでも寒さから守るために焚き火の前で小さく縮こまっていた時だった。暖かい何かが無防備な背中を包むように触れてきたのだ。
 咄嗟に斜め上に視線を向けるも、素知らぬふりで寝に入った相手と目が合うことはなかった。きっと何を言っても寝たふりを決め込むだろうから、こちらも返事を期待することなく毛布から少しだけ顔を出して告げた。
「フェル、ありがとう」
 やはり返事はなかったが、視線の端で白い毛並みが一度だけふわりと動いた。
 寒さはもう感じない。
 薪木のなくなった火が燻り、赤い燈が徐々に消えていく。
 微睡む中で耳に響く誰かの声が聞こえた気がしたけれど、それが意味をなして耳へと届く前に夢の中へと誘われていった。


 今はもうフェルと二人だけでもないし、屋根のない夜空の下で野宿をすることもなくなったけれど、あの時の記憶のひとつひとつが自分の胸の中にある、誰にも見せることのないキラキラと輝く小さな箱の中に大切にしまっている。
 もし、自分がいた世界とは異なるこの世界からいなくなったとしても、この箱だけはいつまでも失くすことがないように、消えることがないようにと願う。
 それはフェルと二人だけだった短くも鮮烈な旅の記憶────。

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 ムコさんと、フェルって二人で旅してたのって数日? もしかしたら一日もせずにスイちゃんと出会ったのかな? その辺りちょっとあやふやなのですが、まあ結婚(契約)してからの新婚旅行があまりにも短かっただろうなので、ちょっと二人きりの夜を過ごしてるところを想像してほっこりしてみました。

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