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夏的恋愛二十題より「12.裸でウロウロ」

「まさかとは思いますが、その格好でミスター水篠と会ったのですか?」
 明日以降のスケジュール確認のために部屋に入ってきたローラは、トーマスの姿を見て美しく整えられた柳眉を盛大に顰めた。
「そうだが?」
 対するトーマスはローラの表情を気にすることなく質問に片眉を上げるに留まる。その様は何か問題でもあるのかと言わんばかりである。
「トーマスはミスター水篠に好意を抱いていると認識していましたが」
「勿論だ」
「そんな相手と会うのにその格好ですか……」
 ローラが眉を顰めるのもその筈、目の前のトーマスはボクサーパンツ一枚にスポーツタオルを肩に掛けただけの格好をしていたのだ。
「ミズシノが急に現れたからな。仕方がないだろう」
 ギルドから戻ったトーマスは、一日の疲れを流すためにシャワーを浴びたところだった。そこに旬からハンターフォンに連絡が入ったのだ。今からそちらへ行ってもいいだろうかと。勿論、トーマスは一も二もなく了承の返事をした。今自分がどんな格好をしているかなんて、旬が訪問することに比べれば些細なことだった。それに電話を切った瞬間に旬が目の前に現れるとは予想だにしていなかったのだから、例え電話の後に服を着ようとしても間に合うはずがなかった。
「それでも、急いで服を着ることはできましたよね。それをミスター水篠が帰るまでずっとパンツ一枚とは」
「仕方がないだろう。ミズシノとの時間が大切だったんだ。それにミズシノは気にしていなかったぞ」
 男同士であることもそうだし、トーマスの常の服装もラフな格好が多い。ローラを前にして言う言葉ではないが、女性の前で晒した姿でもないのだから、そこまで気にする必要があるのか疑問がある。
 しかし、トーマスの弁明を聞いたローラの顔があり得ないと言いたげに曇ったことで、さすがのトーマスも些か居心地が悪くなる。どうにか自身の正当性を通そうと、言い訳とも言えぬ言葉を発するも、ローラからは溜め息しか出てこなかった。
「本当に気にしていませんでしたか? 日本人は指摘することで相手が傷つくかもしれないと思い、思っていることも伝えないことが多々あります」
「ミズシノに限ってそれはない」
 我進ギルドの副ギルド長誘拐事件の時の言動を見れば、言いたいことを飲み込むようなタイプではないことは分かる。
 しかし、それはハンターとしての旬であり、普段の彼の性格がそうであるとは限らない。だが、旬とは数回しか会ったことがなく、しかも我進ギルドのギルド長である旬としか対峙したことのないトーマスにその違いが分かる筈もなく。
「〝親しき仲にも礼儀あり〟と言う日本の諺があります。それほど親しくもなっていないのに、そんな対応をされた彼がいったいどう感じたか……。思い出してください。ミスター水篠は本当にいつも通りでしたか?」
 真面目な顔でもう一度問われた言葉に今度はきっぱりと首肯できなかった。
 思い返してみればトーマスの姿を見た時、心なしか動揺していたような気もする。不自然に視線を逸らされたかもしれないが、旬が自分に会いに来てくれたことに気分が上がり、そんな些細なことは気にしていなかった。本当はそれこそを気にしなければならないことであったのに。
「まずいぞ」
 好感度を上げなければならない相手なのに、自身の評価を下げることしかしていない。今すぐにでも、あの時の釈明をした方がいいのかもしれないと、自身のハンターフォンを取り出し、先日念願叶って手に入れることができた旬のナンバーを押そうとした。
「!」
 絶妙なタイミングで着信音が鳴りだす。それも今まさに自分からかけようとしていた相手からの着信で。
「ミズシノ!」
 向こうが何か話す前に名前を呼んでいた。
『びっくりした。トーマス、夜遅くにすみません。今時間ありますか?』
「勿論だ! 何かあったのか?」
 好意を寄せている相手からの電話を拒む理由などトーマスにはない。一も二もなく反射的に応えれば、電話口で相手の笑う声が聞こえてくる。吐息の混じる笑い声にどきりと心臓が鼓動を乱すのだから、自分は本当にこの男にまいっているのだと自覚する。
『何かあったわけではないのですが、さっきの話のことで少し。迷惑でなければ今からそちらに行っても大丈夫ですか?』
「大丈夫だ。ミズシノの訪問はいつでも大歓迎だからな」
『では』
 通話が切れると同時にトーマスの前に旬が現れるのと、少し離れた場所にいたローラの制止する声とが重なる。
「トーマス! お待ちくだ──」
「トーマス、さっき言っていたAランクの魔力値が不安定なゲートですが──」
 旬とローラの声が重なり、そしてどちらもが不自然に途切れる。一方は目の前のトーマスの格好に、もう一方はこれから起こるであろう二人のやり取りを思い、部屋の中に奇妙な沈黙が落ちる。
「ミズシノ?」
 話の途中で止まった旬を不思議に思い、トーマスが声をかける。目を合わせようとするも、旬の視線は固定されたままでトーマスの声にも反応がない。
「ミズシノ、どうした?」
 再度、今度は旬の目線に合わせて名前を呼ぶ。
「え、あ、ト、トーマス、ごめっ、もしかして風呂の途中だったんじゃ……」
「風呂? ああ、シャワーなら出たところだから気にするな。それでゲートのことというのは?」
「あ……、いや、それよりっ、トーマス服をっ」
 目線を合わせて声をかければ反応は返ってきたが、どうにもいつもの旬らしくない反応に訝しむ。それに視線が合ったのは一瞬で、今は敢えてトーマスを見ないようにしているのか目があちこちと泳いでいるし、心なしか顔が朱い気もする。
「ミズシノ? いったいどうしたんだ?」
 常とは違う旬が気になり、空いた距離を詰める。どこか体調が悪いのかとも思ったが、電話の声はいつもと変わらなかった。それがここへ来た途端に態度が一変したのだ。
 となれば原因はこの部屋にあるということだろうが。
「トーマス、取り敢えずミスター水篠のために何か羽織ることを勧めます」
 トーマスが思案するように自身の顎に指をかけたところで、少し離れた場所にいたローラから声がかかった。
「ローラ? 服を着ろというのか? 今日はもう寝るだけだといいのに?」
「え? ローラさん⁈」
 ローラの諌める声に難色を示すトーマスだったが、それよりもローラの存在を今気付いたかのような旬の反応に片眉を上げる。魔気を感じることのできる旬にしては珍しい。
「もしかして俺二人の邪魔をしちゃった?」
 慌ててトーマスから距離を取り、二人の姿を交互に確認した旬だったが、さっきまでの朱い顔が一変、今は青褪めているように見える。
「ローラのことは気にしなくていい。それよりミズシノ……」
「気にしなくていいって。だって、こんな時間にトーマスの家に二人でいるってことはっ」
「いつものことだ」
「いつものことって……」
「ミスター水篠」
「ローラさん……」
 まったく気にも留めていないトーマスと何やらあらぬ誤解をしている旬のやり取りに、これ以上の放置は今後の二人の間に支障が出ると危惧したローラが見かねて間に割って入る。さほど大きくもない声だったが、不思議と部屋に響き渡り、困惑で感情が昂りかけた旬をひとまず落ち着かせることに成功する。
 名前を呼ばれた旬が縋るような目で見つめてくる。自分などが太刀打ちできる筈もない、誰よりも強い相手に対して湧き上がる感情ではないが、ローラには今の旬はどうしてだか年の離れた弟のような庇護欲を感じずにはいられなかった。
「私はトーマスの秘書としてここにいるだけです。本日は別行動を取っておりましたので、この時間でなければ業務の報告ができず、ここにいたまでです。ですのでミスター水篠が想像されているようなことはありませんので、心配なさらないでください」
 表情を変えず淡々と事務的に今の状況を説明する。ここで少しでも感情を出してしまえば、その後どんなに本当のこと言ったとしても疑いを晴らすことはできないだろうことは目に見えていた。
「べ、別に何も心配はっ」
「それはよかったです。では私はこれで失礼しますが先程もお伝えした通り、トーマスは服を着てください」
 そう言うと、ローラは特に未練もなく部屋の扉を開けると一礼をして出ていく。少しして玄関扉の開閉する音がしたのと同時にローラの気配もしなくなったので、本当に彼女が家から出て行ってしまったことが分かる。室内に気まずい沈黙が流れていく。
「あの、本当にローラさんが出て行って大丈夫だったんですか?」
 その沈黙を先に破ったのは旬だった。そろりとバツが悪そうにトーマスを上目遣いで伺ってくる。
「報告は済んでいた。それよりミズシノが来るまで小言を聞かされていたから助かった方が大きい」
「小言ですか?」
「ああ、実は」
 まだどこか疑心的な旬を安心させるために、さっきまでローラと話していた内容を教えようと口を開きかけ、はたと思い出す。そういえば退出前もローラは何か言っていた。
「先にミズシノと会った時に俺が今のような格好だったことに苦言を呈された。なんでも、日本には〝親しき中にも礼儀あり〟という諺があるとかなんとか。好意を持っている相手に会う格好ではないと叱られていたところだった」
 トーマスとしてはローラの言い分も分からなくもない。誰でも好いた相手には良いように見られたいと思う。しかし、こと旬に関してはそんな気遣いはいるのか疑問だった。いつも淡々としていて、あまり感情を露わにするようなところを見たことがない。全面対決をした時でさえ、荒々しく声を荒げることもなく静かに怒りを拳に込めていたくらいだったのだ。ただ、その怒りが恐ろしくもあったが。
 それにトーマス自身、自分がTPOを弁える性分ではないことも自覚しているし、周囲もトーマスであればそれが許されると思っている。だから他人の目を気にしたことなどなかったのだ。それなのに旬の前ではきちんとした格好をするようにとローラは諫言する。
「ミズシノは俺がどんな格好をしていても気にはしないだろう?」
 だから、ローラの思い過ごしだと確認するために、事もなげに気安く旬に問いかけた。旬も気にしないと言うであろうと信じて疑わなかった。
 それなのにトーマスの問いかけを聞いた旬の顔は動揺していた。見上げていた瞳が揺れて、うろうろと視線を彷徨わせる様は、ここに現れた時に見せたものと同じだと気付く。
「ミズシノ?」
「……トーマスは俺がどう思っているかなんて興味がないんですね」
 いつもと雰囲気の違う旬に戸惑い、思わず名前を呼べば、視線を彷徨わせていた旬と目が合う。どこか悔しそうな、それでいて悲しそうな表情に咄嗟に腕を伸ばしてしまう。しかし、それを察知した旬が拒絶するようにトーマスの腕を躱す。
「興味がないわけないだろう」
 避けられると思わなかったトーマスは眉間に皺を寄せるが、旬が拒絶を見せたことの方が心のダメージが大きい。反射的に反論するが、その言葉さえも旬はふるふると頭を振って拒んでくる。
「それならどうして俺が気にしないなんて言うんですか。今だってこんなに動揺しているのに」
「それは」
 旬の言葉がにわかに信じられず、口籠ってしまったことがよくなかった。揺れる瞳に力を入れた旬の視線がトーマスを非難してくる。
「さっきだって、トーマスがいいと言ったから。今だってそう! それなのにそんな格好でいるなんてっ。トーマスは俺のことなんてなんとも思ってないのかもしれないですが、俺はびっくりしたんですっ」
 旬の言葉に耳を疑った。誰が誰をなんとも思っていないというのか。
「俺がミズシノのことをなんとも思ってないように思っているのか」
 思わず低くなった声音に旬の肩が揺れるが、それを気にするよりも勘違いをしている旬の認識を訂正する方が先だった。
 しかし、トーマスが言葉を発するよりも旬の方が早かった。
「違うんですか? 俺は電話で行っても大丈夫か聞いてますよね? それで大丈夫だと言うから来てみれば、毎回目の前に裸の貴方が現れるんですよ! しかもそのままの姿でずっといるし。こっちは目のやり場に困るんです!」
 トーマスを責めながらも旬の顔には怒りからではない頬の赤みが差しているのを見てしまい、遅まきながらもローラの言っていた言葉の意味を理解した。
「嫌なら服を着ろと言えばいいだろ」
 それでも事実かどうか確認したくて、反論されることは承知の上でそう言えば、思った通りの反応が返ってくる。
「ここはトーマスのプライベートです。それに遅くに訪問して迷惑をかけている自覚はありますから、俺がトーマスをとやかく言う権利はありません」
 日本人は相手が傷つくかもしれないからと、思っていることも伝えないこともある。
 旬に限ってそんなことはないと、ローラに指摘された後も心のどこかでそう思っていたが、いざ本人から聞いてしまえば、それは本当なのだとようやく理解する。そして理解した上で、やはり自分に対してはその思慮深さだとか奥ゆかしさとかは旬には発揮してほしくないとも思ってしまう。
「電話でも言ったがミズシノなら大歓迎と言ったのは何も訪問のことだけじゃない。お前なら俺にどんな我が儘でも言っていいんだ」
 割と真剣に思わず勢い込んで旬の方へ身を乗り出すと、気圧されたように身を引く旬を今度こそ捕まえる。しなやかな腰を掴み、逃げられないように旬の指と己の指を絡ませ握り込む。
「っ、理由がないですっ」
 本当にトーマスから逃げたければいとも容易く逃げられるはずだ。それなのに離せと言いながらも強く拒絶を見せない旬にトーマスは遠慮するつもりはなかった。
「理由なんて、俺がミズシノに惚れている以外にいるか?」
「え……」
 その言葉だけで旬の抵抗が消える。代わりに戸惑うような疑うような視線をトーマスへと向けてくる。
「気付いていなかったとは言わせない。俺はミズシノを好きだとあからさまに見せていたぞ」
「し、知らない! トーマスはそんなことひと言も言ったことない」
 首を横の振りトーマスの言葉を否定する。
 確かに今まで直接的には旬のことを好きだとは伝えたことはない。直接的な言葉で伝えなくても端々から旬を好きだと示していたし、周囲もそんなトーマスの言動で否が応にも旬のことを好きなんだと分からされていた。だから、当然旬にも確信とはいかないまでも、それなりに己の気持ちは伝わっているものだと思っていた。
「まったくこれっぽっちも気付いていなかったのか?」
「気さくな人だとは思ってましたよ。それもアメリカ人だからかなって」
「なんてことだ……」
 ジーザス、と額に手のひらを置いて天を仰ぎ見るトーマスに、困惑するような旬の視線が向けられる。それはどう対応すればいいのか迷っているようでもあり、何か言いたげにも見えた。
「どうした?」
「その……さっきの言葉って本当なんですか?」
 アメリカ人特有のリアクションを取っていたトーマスだったが、隣で窺い見る旬に気付く。どこか懐疑的でそれでいて本当ならと期待した心情が瞳の奥で揺れ動いているのが目に見えて分かる。だから、トーマスもこれ以上自分の気持ちを抑えることは止める。どのみち自分には思ったことを言わずにいることなど似つかわしくないのだ。好きだと思った時に即行動すればよかったのだ。
 落ち着かなく佇む旬の正面に立ち、深呼吸をする。
 告白すると決めたが、相手は一筋縄ではいかない相手。
 旬が自分のことを好意的に見てくれていると、期待をしていないといえば嘘になるが、それでも下手な言葉は言えない。いつものような調子で言えば、鈍い彼には絶対に届かないし、最悪冗談だと思われてしまう恐れもある。それだけはどうしても避けなければならない。
「ミズシノ」
 旬の目の前で片膝をつく。
「っ」
 びくりと旬の体が震え、一歩足が後ろへと下がるのを咄嗟に手を取ることで止めさせる。否、逃げないでくれと懇願にも似た思いを込めて手を取った。
「好きだ」
 膝をついた状態だと旬の背よりも低くなる。目線を心持ち上に、揺れる旬の瞳にかちりと合わせて、飾ることのない言葉で想いを告げる。
 瞬間、旬の頬が真っ赤に染め上がるのが見えた。あまり表情を動かさない彼の変化にトーマスの胸が高鳴る。まさか、もしやと期待してしまう。
「ミズシノ」
「トーマスは……」
 続けて言葉を重ねようとしたところで旬の声が被さる。思わず口を閉じれば、同じように言いかけた言葉を飲み込む旬がいて、慌てて続きを話すように促す。ここで旬の言葉を聞かなければ、彼の本音が永遠に聞けなくなるような気がして、自分でも信じられないくらいに緊張で心臓がバクバクと音を立てる。
「トーマスはいつも変わらないから」
 ぽつりと漏らした旬の言葉の意味が分からず、首を傾げて目を瞬く。どういう意味だと問い返そうとしたところで、再び言葉が続く。
「俺が会いに来ても気にする素振りも見せないから、意識されてないんだって」
 旬の言葉に軽く衝撃を受ける。夜中であっても旬からの電話ひとつで浮き足立つし、姿を見れば青臭い若造のように心が躍り、意識しなければ言葉さえまともに交わすことができなくなるくらい胸が高鳴るというのに。
「俺は割とあからさまに好意を見せていたと思うんだが」
「でも……トーマスいつも裸だし。いやっ、トーマスの家だから裸でいようがそれは全然構わないんだけどっ。でも俺だったら好きな人の前でずっと裸でいるなんて恥ずかしくて無理」
 だから気にした風もなく平然と裸で居続けるトーマスは旬のことを意識していない、ただの知人としか認識されていないのだと思ったらしい。
 ここに来てようやくローラの言葉の本当の意味で理解する。ローラは気付いていたのかもしれない。旬がトーマスに好意を持っていることに。そして、旬がトーマスの態度をどう捉えているのかも。
 だから〝本当に気にしていなかったか?〟と聞いてきたのだ。
 言われてみれば、ここへ来た時の旬はあまりトーマスと目を合わそうとしなかった。以前戦った時に見せた冷たくも強く輝く瞳も、話す時は視線を合わせてくることも、ここであった時はそれがなかった。
「まったく、どっちが鈍いんだか」
 トーマスの好意に気付いていなかった旬をとやかく言えやしない。
 鈍い自身に対して出た自嘲であったが、それを聞いた旬の表情が歪んでいくのを見て、慌てて弁解する。
「今のはミズシノに言った言葉じゃない。自分の鈍さ加減に呆れたんだ」
「それなら俺も……俺を好きでいてくれる人がいるなんて思わなかったから……」
 自嘲的な笑みに日本人特有の謙遜ではなく本心からの言葉なんだと思わせる。自信のなさというよりも旬の過去がそう思わせているのだろうと察する。
 彼が再覚醒者だということにトーマスは最近知ったのだ。旬のこの表情は覚醒前の周りからの態度が要因なんだろう。
 しかし、それはトーマスにとっては不幸中の幸いとも言えた。周りからの好意に気付かない旬にこれからは自分がこれでもかと言うほどに愛を与えることができるのだから。
「何度でも言うさ。ミズシノのことが好きだ。お前のその強く輝く瞳に魅せられた。仲間思いなところも、意志の強いところも」
 そして今のように自分への好意に鈍いところや周囲からの好意に自信が持てないところも、いつもとの差があってそれもまた惹きつけられる。
「好きだぞ、ミズシノ」
 取った手を強く握り締めてのトーマスのストレートな告白に、朱く染まっていた旬の顔が更に朱に染まっていく。下から見上げているために、それがつぶさに見えて愛しさにそのまま抱きしめたくなる。
「俺も。俺もトーマスのことが好き……っぁ」
 だがそれも旬の告白を聞いてしまえば、抑えることなどできるはずもなく。最後まで言い終わらないうちに旬の体を腕の中へと閉じ込めるように抱きしめた。
「夢のようだ! ミズシノが俺のことを好きだと! こんな嬉しいことはないっ、全世界にミズシノが俺の恋人だと触れ回りたい気分だ!」
「バカ! 絶対やめろ!」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめ続けるトーマスの胸の前で口悪く罵ってくるが、そんなものは今のトーマスにはなんの支障にもならない。それどころかいつもよりも感情を露わにする旬を可愛いいとさえ思う。
 気付けば二人の言葉も砕けたものとなっている。
「仕方がないな。ミズシノが嫌がることはしたくない」
 半ば本気ではあったが、目立つことを厭う旬がそう反論するのは分かってもいたから、すんなりと引き下がる。ただし、こちらの要望もちゃっかりと伝えることは忘れずに。
「その代わり、今日、明日は俺のために時間を空けてくれ」
「それは、いいけど」
 旬も満更ではない様子で上目遣いで見上げてくるものだから、トーマスの気分も最高潮に上がる。
 衝動で目の前の体を再び抱きしめようとしたところで、何故か旬からストップがかかる。
「ミズシノ?」
「あ、あと頼むから服を着てくれ」
 旬の言葉で自分が上半身裸であったことを思い出す。今までずっと裸の胸で抱きしめていたのだ。途端にローラとの会話が頭の中を巡り、慌てて旬の肩を掴んで胸から離す。
「この格好は別にミズシノに敬意を払っていないとかそういうのではなくっ、ミズシノの顔を見てしま──」
「さっきも言ったけど、好きな人が目の前で裸でうろうろしてたらトーマスにその気がなくても意識してしまう……っ」
 今までの自身の格好を釈明しようと口を開くも、それに重なるように旬から聞かされた言葉に目を見張る。さっきは旬が自分のことを同じように好きなのだと思わなかったから流してしまっていたが、改めて言われるとじわじわと歓喜が身体中に広がっていく。
「ミズシノは俺が裸だと気になるのか?」
「変な意味じゃなくてっ。トーマスは違うのか? 俺のこと好きだって言ってくれたけど、好きな人の体を見てどきどきしたりとかしないか……?」
 真っ赤な顔で言ってくる言葉の全てが可愛らくて愛おしい。怒ったようでも恥ずかしがっているようでも、それなのに少し不安な表情も見せてくるから堪らない。
「今まで誰かを本気で好きになったことがないから分からないな。だがそうだな」
 旬の言葉に正面の体に視線を留める。
 トーマスとは違い旬の服装は露出の少ないものが多い。今も全身黒で統一され、体のラインがあまり出ないものを着用している。それでも肩幅や胸の厚みは服の上からでも分かるもので。布一枚を隔てたこの下に筋肉のしっかりとついた引き締まった体があることは想像に難くなかった。どくりと胸がひとつ鳴る。
「この下にミズシノのまだ見ぬ裸体が隠されているのだと思うと興奮するな」
 旬の胸の前に人差し指を差し出し、じっと見つめれば動揺したような上擦った声とトーマスから視線を避けるように体を逸らされる。
「い、言い方がいやらしい!」
「先に煽ってきたのはそっちだぞ」
「煽ってないっ」
 そのまま距離を取ろうとする旬を逃すまいと腕を伸ばす。逃げられるかと思ったが、予想に反して距離を取られた体はすんなりとトーマスの腕の中へと閉じ込めることができた。
「離っ」
「ミズシノだけ狡いだろう。俺も好きな相手の裸体を見てドキドキするか調べてみないとな」
「こ、ここで!?」
 焦る旬をよそにトーマスは腕の中にある恋人の体を軽々と抱え上げると、足取りも軽やかに隣の部屋へと移動する。
「まさか。ようやく実った恋の相手との初めての夜をリビングなんぞ無粋な場所でするわけないだろう。といっても俺の部屋というのもな。本来ならマンハッタンの夜景が見下ろせるホテルを貸切るべきだが、俺がそれまで我慢できん」
 夜だからか旬からは入浴後の石鹸の柔らかな香りとほのかに香る彼の熱を持った肌の匂いを吸い込み、否が応にもトーマスの熱も上がる。
「俺をいとも容易く捻じ伏せたその体はどんなものなのだろうな」
 抱き上げた際に少しはだけたシャツの裾へと無骨な手を潜り込ませ、直接肌の上に手のひらを這わせて確かめる素振りを見せる。
「ト、トーマスに比べたら全然だからっ」
 不埒に動く指を慌てて掴み、捲れた裾を直そうとする旬に、こういった行為に慣れてないのだと安堵と愉悦が湧き上がる。
「だからそれを今から確かめさせてもらおう」
 寝室として使っている部屋には、二人が横たわったとしても十分過ぎるほどの広さのベッドが一つ。いつもの、良く言えばおおらか、悪く言えばぞんざいな動きは形を潜め、大切なものを扱うかのように旬をシーツの上にゆっくりと下ろす。そのまま自身もベッドの上に乗り上げれば、二人分の重みを支えたマットレスが微かに音を立てた。
「トーマス」
 流石の旬もトーマスの放った言葉の意味を理解したのか、不安そうな顔で自身に覆い被さってくるトーマスを見上げる。
 そこに怯えの色が見えたら、きっと今夜は少し戯れて旬を開放してやっただろう。しかし、不安そうな表情の奥に見間違えることのないトーマスへの熱情を見つけてしまっては、もう離してやることはできなかった。
「好きだぞ、ミズシノ」
 先と同じ告白。しかし、言葉には先よりも更に熱量が込められている。
 緊張する旬の顔へと何度もキスをする。
「うん……俺もトーマスが好き」
 強張っていた表情が緩やかに綻び、嬉しそうに笑みを向ける旬が愛おしくて堪らなかった。
「これからもずっと俺の前で笑っていてくれ」
 頬へと伸ばした手のひらは、トーマスの言葉に頷く旬の手のひらと重なった。

 その後、黒一色を纏った恋人の、月夜の浮かぶ象牙の色に魅せられるまで数秒。
 一夜明け、トーマスの裸を咎めるくせに、自身に関しては全く頓着しない恋人に、ドキドキよりも周囲からの視線にハラハラ、ギリギリすることになるとは、今はまだ知る由もないトーマスだった。

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Xで2024年8月1日の「やおいの日」企画で先着5名様にリクエストを伺ったもののひとつ。
お題は、お題配布サイト「TOY」様よりお借りしました。

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