top of page

お年玉企画 - 其の参 -

 ビル外で車のクラクションが鳴り響いたことで、沈んでいた意識が浮上した。
 背凭れのある椅子に深く座り込んでいた身体が少しだけ悲鳴を上げていたが、いつものことだと気に留めることはない。
 閉じていた瞼をゆっくりと上げれば、就業時間の過ぎ去った部屋が月の明かりで薄っすらと映し出されていた。
 廊下側も既に灯りは消えて、人の気配はどこにも感じることはない。この静かな空間にいるのは犬飼ただ一人だけだった。
 壁に掛かる時計を見上げると時刻はもう直ぐ日付を越えるところだった。今日もまた家に帰りそびれてしまう。けれども家に帰ったところで誰かが待っているわけでも、誰かを待たせているわけでもない。
 ふと、脳裏に一人の人物を思い浮かべたが、それはすぐに消し去る。もう幾く日も会っていないのだ。今更プライベートで会える人だとは思っていない。それに最初の頃と違って、彼はもう手を伸ばしたところで自分の前を随分と先に歩いている人だ。どんなに必死に駆けても追いつくことのできない遠い存在。
 それが心を通わせた愛しい人であっても。
 一つ。息を震わせないように深く呼吸をする。
 忙しい身といえば、自分もあまり変わらない。
 ハンター協会会長に任命されてから日々の業務が格段に増えた。
 以前から監視課の業務の他に前会長であった後藤の補佐にも携わってはいたが、それが会長職のほんの一握りの業務であったことを今現在身を持って知らされる。そしてどれだけ後藤清臣という人物が素晴らしい方であったかを改めて痛感した。
 今でも自分には荷が重過ぎる役職だと思っているが、同じくらいに後藤の後を中途半端な人には任せられないとも思った。だからこの先、会長職を任せられる人物が現れるまで、自分が後藤の意思を受け継いでハンター協会を、今この地で暮らしている人々の安息を守っていかなければと思っている。その為には自分が持つ能力以上に務めなければならない。
 犬飼自身もオーバーワーク気味だとは思っているが、今のハンター協会の状況では、まだ自分が一息つける状況ではないとも感じている。秘書には休むように散々泣き付かれているが、それはもう少し後だ。
 それでも疲労は確実に蓄積していることは自覚している為、少しだけ座っている椅子の背凭れに背中を預けて、目を閉じて大きく深呼吸をする。身体が深く沈んでいく感覚に身を任せる。
 物音一つしない、月夜の明かりだけがそろりと部屋に柔らかな灯りを落としていく。
 どのくらいそうしていたか、意識を曖昧な境界線の縁に漂わさせていると空気の揺らめきを感じた。空調は既に止まっている筈だから、少しだけ開けていた窓から風が流れてきたのだろうか。
 そんなことを夢現の中で考えていると、今度ははっきりと人の気配がすることを察知する。殺気めいたものは感じられないので、慌てることはなかったが、この部屋に部屋の主の許可なく入ってくる者は協会内にはいない。
 だから犬飼の正面に近付いては来たが、どこか躊躇うような気配を漂わせるその人に、瞼を閉じたまま声をかける。
「そのような薄着では風邪を引きますよ」
 眠っていると思っていたのか、彼から驚いたような少し息を詰める音がした。それでも直ぐに鼓動を落ち着かせ、今一歩此方に近付いてくる。腕を伸ばせば触れることのできるくらいの距離に彼の気配を感じる。
「今夜はまだ少し暖かいので大丈夫です。それより犬飼さんの方が窓を開けてうたた寝なんてしていると風邪を引きますよ」
 そう言って彼がチラリと窓の方へと視線を向けたタイミングで相手の腕を取り、そのまま自分の座る椅子の上に抱き上げる。二人分の重みがかかった椅子は、それでも難なく彼らを支えるくらいの余裕はあり、少しだけキィと接合部を鳴らしただけだった。
 しかし、犬飼の上に乗り上げることになってしまった相手は突然のことに驚きを隠せないでいた。
「犬、飼さんっ」
 焦った声で犬飼の名を呼ぶが、それを気にすることなく目の前にある久し振りに腕の中へ入れた恋人の身体を抱き締める。腰に腕を回し、犬飼の足を跨いだ格好で膝立ちになっている相手の腹部へと顔を寄せれば、更に上擦った声が頭上から聞こえる。
「どうしたんですか?!」
「どうしたとは?何かおかしなことをしましたか?」
 抱き締めた身体を自分の方へと引き寄せる。椅子の背凭れに凭れ、背中に回した腕に力を入れて少しだけ強く拘束する。こんなことは今まで彼に対してあまり取ることのない行動だったから、彼の動揺が声からも身体の緊張からも感じられる。けれども拘束を解く気にはなれない。
「何か、いつもと様子が違うから」
 犬飼が何故そんな行動を取ったのか、本気で分からないと困惑する彼の言葉が今は少し心に引っ掛かりを付ける。
「いつもですか?僕のいつもを知ってもらえる程、二人の時間を過ごせたことはないですよ」
 いつもであればこんな言葉を彼に掛けることはない。思っていたとしても、それは心の中にだけひっそりと留めておき、表に出すことなどなかった。それなのに何故こんな言葉を掛けてしまったのか。
 案の定、自分の言葉に泣きそうな程、狼狽えている恋人の姿が可哀想で、それでも自分の言葉一つでいつも気丈な彼が簡単に動揺する姿に仄暗い嬉しさが犬飼の心の中を満たしていく。
 もっと自分の言葉で彼の心に消えない痕を刻みたい。彼を拘束したい。それがどんな言葉だったとしても。
「冗談です。久し振りだったので、少しイジワルをしてしまいました。会えて嬉しいです」
 だけど言葉を一転させる。
 言葉と共に拘束していた旬の身体を優しく抱き締め直し、大腿の上に横抱きにする。
 さっきまでの犬飼と一瞬で雰囲気が変わったことに、思考が追い付かない旬が呆然と犬飼の顔を見返す。それに優しく微笑みかけ、強張った頬を撫でてやれば、漸く旬の身体から力が抜けて犬飼へと凭れかかってきた。
「イジワルして、すみません」
「びっくりしました…。俺、犬飼さんを怒らせることをしちゃったのかと思って…」
 言葉尻を震わせて犬飼の肩口に額を押し付けてくる姿に申し訳なさを感じたが、言った言葉に後悔はなかった。冗談として済ませはしたが、その実、心に燻る昏い感情は未だ重く腹の中に埋もれている。伝えるべきか、このまま気付かぬ振りで有耶無耶に時を過ごすのがいいのか。彼にとってどうしてあげるのが最善なのか考えあぐねている。
「今日はこんな夜更けにどうされたのですか?何か不測の事態でも起こりましたか?」
 頬に触れていた手を背中に回し優しく撫でながら、今夜ここへ来た理由を旬に問う。
 巨大なゲートが現れてから世界は混迷を極めていた。DFNでは多数の巨人型モンスターの出現で都心部が壊滅的なダメージを与えられ、復旧に急務を要していた。日本でも同じように見たこともない程の極大なゲートが現れ、人々の不安が徐々に膨れ上がっている。
 そんな中、架南島に引き続きDFNでの件で更に世界的にも一目置かれた旬の存在は、もう日本国内だけで留まれるものではなくなってきた。協会内でも連日水篠ハンターへのアポイントを取りたいといった電話が引っ切りなしにかかってくる。協会でさえ一日に何十件もの彼への電話が掛かってきているのだ。我進ギルド事務所となれば更に多くのアポイント希望の電話が鳴り止まぬだろう。それ程までに旬は日本だけでなく世界から頼り求められている。
 そんな多忙極めている旬が犬飼の元へ訪れるとなれば、それはハンターに関することだと当然のように思ってしまっても致し方なかった。
「いえ、そんなことはまだ起こってないです。今夜は犬飼さんに会いたくなったので…」
 少し恥ずかしげに言葉を紡ぐ旬の顔は、モンスターと対峙している時とは違い、年相応の若々しい表情をしており、犬飼の表情も自然と柔らかなものになる。
 けれども、旬から発せられたその言葉が犬飼の劣等感に拍車をかけていることもまた事実である。犬飼の表情の下に苦い感情を抱えていることは旬は知らなくていいことだ。だから表情には一切出すことなく旬に笑みを返す。
 そんな犬飼の心情を知ることのない旬は、久し振りの逢瀬に純粋に喜んでいる。犬飼とて旬が会いにきてくれること、自分と会えてこんなにも嬉しさを表してくれることは胸が痛くなる程嬉しく思うが、その反面、旬が会いに来てくれなければ一時の逢瀬でさえもできないという事実を突き付けれ無力感に襲われる。
「僕も水篠さんにずっと会いたかったです」
 腕の中にある、自分とは違う体温に愛しさと寂しさと、そして虚しさが心の中を絶えず掻き混ぜていく。それでも、そんな感情を面に出すことはせず、今も尚、犬飼は優しく穏やかな笑みを旬に見せる。
 それは今から自分が伝える言葉が少しでも旬を傷付けないように、責める言葉とならないようにと願うから。
 愛おしいと想う気持ちは決して嘘ではないから、どうか旬が傷付かないようにと深刻な顔は見せずに、穏やかな笑みだけを見せて旬に言葉を告げる。
「もうこんな風に貴方と会えることもなくなるでしょうから」
 漸く決心することができた旬との関係。
 何でもない風に、普段の会話をしている時のように伝える。旬がそのまま肯定すれば、自分たちの私的なこの関係も今夜で終わる。明日からは世界を唯一救うことのできるハンターと突出したもののない凡庸な日本のハンター協会の会長という関係が続けられるだけだ。
 それでも犬飼は自分の持つ全権限を持ってでも旬をサポートするし、変わらず彼への想いは消えることなく心の奥の大切な箱の中へと永遠にしまって大事に取っておく覚悟でいた。
 旬の顔を伺い見れば案の定、犬飼の言葉の意味を把握し兼ねているようで、先までとは違う困惑した表情で犬飼のことを見詰めていた。
「…別れを伝えにきたのではないのですか?」
 何も言えないでいる旬に代わって犬飼が代弁する。この言葉を自分の口から言ってしまう重苦に自然と瞳の奥が昏くなっていることに犬飼は気付かない。ただ静かに心を極力凪いだ状態で声を震わせないように伝える。
「え?」
「今のこの世界の状況で僕なんかが貴方の恋人であるわけにはいきませんから」
 旬の存在は既に全世界に広がり、世界中が旬の力を求めている。何処を出歩いても誰もが注目するようになった彼のことは、大多数の人々からは称賛されるであろうが、反対にその称賛を妬み難癖を付けて言い掛かりのような中傷する者も一定数いることは確かだった。問題はその一定数いるアンチと呼ばれる者たちの何の根拠もない言葉が、情報空間上を無遠慮に垂れ流されていることである。特にゴシップによる風聞は面白可笑しく流言され、しかも旬の場合、ハンターの功績とは別のところでも虚言が流されている。旬を知る者であれば馬鹿馬鹿しいことであっても、世間はその虚言に関心を寄せてしまう。
 その他にも旬は自身の情報を非公開にしている。謎に包まれた世界トップとも言えるハンターの個人的な情報。それはどんな些細なことでも本人の預かり知らぬところで時には真実のように取り沙汰され、そこから思わぬバッシングへと発展することもあった。幸いにも旬のギルドには優秀なスタッフが多くいる。仮想世界で広がったその辺りの情報は直ぐに操作され、揉み消しているようだったので、そこに関してはあまり問題になることはなかった。
 一番厄介なのは、企業単位で発信されるメディア情報だった。テレビや雑誌の情報拡散はインターネットのそれとは比べものにならないくらい伝達速度が速い。しかも一旦出てしまった情報は後から誤情報だったと流したところで、中々沈下することはない。なぜなら企業にとって誤情報を流したところで、媒体の冒頭で謝罪をすればそれで済むことであり、それは瑣末なことで終わる。それよりも彼らの関心は人々が興味を持つ情報で、それらを常に探し求めており、更にそんな企業に報酬を引き換えに情報を提供する者がいる。そういった輩は常に金になるネタを探している。どんな些細なことでも、それが有名な人物であればある程、企業側の食い付きが違うことを分かっているからだ。
 だから、と犬飼は心の中で吐露する。
 架南島での活躍から徐々に旬の知名度は広がっていた。それが先日のDFN、更にアメリカでの出来事で一気に衆目を浴びるようになった。
 旬の自宅や事務所には先に言ったような、金になるネタを嗅ぎ回っている情報屋が毎度一定数以上徘徊している。勿論、彼らも警察沙汰になるようなことはしでかさないが、旬の周りを出入りする人物を目敏く見付けてはカメラに収める行為を繰り返していた。少しでも金になるものを探し求めて、執念のように付け回すハイエナのように。
 だからそんな彼らにネタを提供するような行為は未然に防がなければならない。特にスキャンダラスなことについては慎重にならざるを得ない。
 その最たるものが自分との関係だと、犬飼は苦む心に奥歯を噛み締める。
 勿論、彼らに気付かれるようなヘマはしないが、何処でどんな風に情報が錯綜するか分からない。旬を好意的に見ている者もいれば反感を持っている者もいる。その反感を持つ者からの悪意の篭った情報が思わぬところから飛び火して、足元を掬われてしまうことも有り得てしまう。
 自分が旬と釣り合わない。身の程を知れと罵られるだけなら、犬飼も気に留めることもないが、自分の所為で旬に迷惑が掛かることだけは絶対に避けたかった。旬の成そうとしている大事の前にこんな些細なことで彼を煩わせたくない。
 だからその前に自分たちの関係を清算する。
 と言ってももう随分と恋人として会ってはいなかった。旬と会う時はいつも協会職員としての立場で、旬もまたハンターとしてのスタンスを取り続けていた。淡々とした態度に既に旬の中では終えてしまっている関係だったのかもしれないが、犬飼はそこまで器用ではない。どこかで自分の気持ちと折り合いを付けてきちんとケジメを付けなければ、未練がましく旬を追ってしまいそうになるから。
 旬には成すべきことがある。
 そこに犬飼の存在は一切必要ない。
 旬の隣に自分の姿を思い浮かべることもできない自分に、旬との関係を続ける資格などないだろう。
 改めて突き付けられた現実と旬とのレベルの差に打ちひしがれる。もっと自分に力があれば、こんな風に思うこともなかったのだろうか。
「ま、待って下さいっ!一体何をっ…」
 犬飼の突然の言葉に旬の瞳が大きく見開き、動揺を隠しきれないでいる。犬飼へと向ける視線に胸が痛む。覚悟が揺らぎそうで旬を落ち着かせる名目で、自分の顔を隠すように肩を抱き寄せ、旬の背中に手のひらを当てる。
「僕は貴方の恋人として相応しいですか」
 旬を膝の上に乗せていた為、犬飼の視線の方が下にある。一度だけギュッと目に力を込め、見上げるように旬の顔を覗き込めば、泣き出す寸前の表情で犬飼の言った言葉が信じられないと、必死に瞳を見つめ返してくる。
 更に目に力を込める。動揺を見せるわけにはいかない。
「本当に……俺と別…れたいってことですか」
 震える声で漸く言葉を返してくる旬。どうしても自分から言えない言葉を旬に言わせてしまった罪悪感が身の内に広がる。
 別れたいなんて今までどんな時も微塵も思ったことはない。けれども先のスキャンダルの件の他にも、旬がこれから成そうとすること、彼の未来を思えば、今のこの関係に終止符を打たなければならないことは必至だ。
「…僕が貴方の足枷になっていませんか。貴方の世界は広い。恋人という存在が貴方の成すべきことへの弊害になっているのなら、僕は貴方を解放しなければならないとずっと心の片隅で思っていました」
 旬が何かを成そうとした時、もしも自分を思い浮かべてしまったが為に一旦前に出た勢いを殺がしてしまい、彼に二の足を踏ませてしまったとしたら、それは犬飼の望むものではないし、そんなことをさせてしまった自分という存在を許せなくなってしまう。
 スキャンダルもそう。彼の足枷になってしまうこともそう。
 そんなことになる前に以前の距離に戻る方がいいのだ。
 もっとも、自分にもっと実力があれば旬との関係に後ろめたさを感じることはなかったのかもしれない。
 結局、何を思ったところで、自分に実力がないから自信を持つこともできないし、中傷を受ける不安を拭うことができないでいるのだ。
 それがS級ハンターや国家権力級のハンターであれば、世間は驚きはするかもしれないが納得の内に受け入れられるだろう。「ああ、あの二人ならまあ仕方ないんじゃないか」と。
 それが犬飼であれば協会との癒着やら、不正を揉み消してたんじゃないか、再覚醒だなんて本当は嘘で、等級不正をさせて裏で色々ヤバいことをさせてたんじゃないか、などと言われる。今言ったことは旬を良く思っていない人たちの根拠のない中傷ではあるが、現在でもインターネット内で一定の浮き沈みで湧いてくる悪意でもある。
「でもそれが言えなかったのは今の関係がなくなってしまえば、本当に貴方はこの場所から飛び立ってしまうと分かっているから。貴方との縁を自分から切る勇気がどうしてもできなかったのです」
 旬のことを思えば、もっと早くに言わなければならなかった言葉。それが言えなかったのは、スキャンダルや足枷になるなどと言いながら、結局未練がましく別れを言えない自分の惰弱さが招いた結果に他ならなかった。
 けれども、もうそれも今日でけじめを付けなければならない。旬は世界を救う唯一の人。ズルズルと見なかったことにして、この関係を引き伸ばすわけにはいかないのだ。
「始めは貴方の力になればいいと思ってました。どんなに貴方が強くても国を挟んでの交渉では協会の力が必要になるだろうと。けれども貴方は僕の助けなんてなくても世界を相手に怯むことなく前に進んでいった。DFNはもとより、アメリカ、中国と大国相手でも真っ直ぐに前だけを向いて進まれた。そんな貴方の姿を見た時、貴方を助けたいなんて驕った考えを持っていた自分がとても恥ずかしいく思えたのです」
 今はハンター協会の会長という肩書きを冠しているが、所詮はAランクのハンターだ。外交術に長けていたとしてもランクがものを言うこの世界で、S級ハンターや国家権力級ハンターが出てきてしまえば、そのスキルは無用の長物でしかなくなる。それは逆を言えば、旬の実力があればハンター協会を介さなくても国家を相手にすることなど容易いことなのだ。自分の出番など最初からないに等しい。
 そこまで犬飼が言ったところで、強く肩を掴まれた。そして、そのまま椅子の背に押し付けられたかと思えば、椅子の上で犬飼の太腿を挟む形で旬が膝立ちになり、上から犬飼の顔を見下ろしてくる。
「それは違うっ…」
 きつく睨みつけているのに、今にも泣き出しそうな視線でもあり、それが涙を堪える為に目に力を込めているからだと気付く。
 その顔があまりに辛そうで慰めてあげたくなり、犬飼は思わず手を伸ばしてしまう。頬に触れた手はそのまま強く旬に握られる。
「恋人として相応しくないなんて言わないで下さい!俺がどれだけ犬飼さんに救われたと思ってるんですか!」
 椅子の広い背凭れに握り込まれた手を押し付けられた犬飼は、旬の悲痛な声を真正面から受け止める。
「僕は何もしてあげれてない。貴方がすることを見守るだけしかできなかった。今もハンター協会の会長なんて肩書きがあっても貴方に何一つしてあげることができない。これが後藤会長だったら、貴方の為に堂々と世界を渡り歩くことができた。この国のトップとさえ対等に話ができる人だった。けれども僕は後藤会長のようにはできない。歳が若いというだけで侮られ軽んじられる。経験が浅いと言われればそれまでかもしれないが、何一つ今の貴方を助けることができない自分がもどかしいのです」
 犬飼の言葉はまるで旬の役に立てない自分は恋人としても公人としても意味がないと言いたげな口調であり、事実本人はそれを疑いもしていなかった。
「だから!どうして俺の役に立つことしか考えてくれないんですか!俺は自分の利益の為に犬飼さんと恋人になったわけじゃないです…っ…!俺は…っ、犬飼さんが好きでっ…、犬飼さんの前だと強がることもっ…虚勢を張ることもない…っ。ありのままの自分を曝け出せるんですっ…。犬飼さんだけが俺を俺のままでいさせてくれる存在なんですっ…!それなのに…っぅ…っ」
 叫びたいのを抑え込み、感情をどうにか落ち着かせようとしているのか、発する声は上擦り、時折しゃくり上げるような呼吸が混じる。
「貴方には僕なんかよりももっとずっと相応しい人がいますよ」
「やめて下さい!犬飼さん以外の人なんていらないっ。俺は貴方の前じゃなければ気を休ませることも、落ち着くこともできない。貴方の側じゃなきゃ駄目なんです!俺の弱い時も成長していくその過程も知っている貴方だけの側にっ」
 犬飼の言う言葉を何一つ納得できないと、駄々を捏ねる幼い子供のように首を横に振り続ける。旬が何故そこまで自分に拘るのか犬飼には不思議で仕方がなかった。自分が旬に惹かれる理由はいくらでも上げることができるが、旬が自分に惹かれる理由なんて一体どこにあるのか本気で分からない。
「大丈夫ですよ。これまでもプライベートで過ごせたのは数える程しかなかったけれど、水篠さんは僕がいなくてもモンスターから人々を救い、世界に大きな影響を与えてきました。これからだって僕の側でなくても何もかも上手くいきます」
 掴まれた手とは反対側の手で旬の歪む目元をそっと撫でて宥める。聞き分けてほしいと感情をその手に乗せるが、旬は敢えてそれに気付かないふりをする。
「犬飼さんはそれでいいんですか!俺のこと嫌いになったわけでもないのに別れて、俺が犬飼さん以外の人を恋人にしても犬飼さんは大丈夫なんですかっ…」
 大丈夫な筈がない。
 自分以外の人間が旬の横に立つなんて想像しただけでも苦しいのに、実際に目にしてしまえば胸が痛いだけでは済まされないだろう。けれども、それも旬の為だと思えば耐えることができる。自分の感傷なんて旬の幸せの前では瑣末なことでしかない。
 だから旬に自分の感情を知られるわけにはいかなかった。
「大丈夫です。僕は貴方が幸せならどんなことも耐えられますから」
 けれど犬飼は気付いていなかった。その言葉こそが己の本音を語ってしまっているということを。旬がそれに気付かない筈がないということを。
「それなら言って下さい。別れる理由が俺に相応しくないだけじゃ納得できません。俺のことなんてもう何とも思っていない。好きな気持ちもなくなったと。恋情も愛情もなくなったと直接貴方の口から言われたら俺も諦めます」
 さっきまでの悲痛な色の浮かんだ瞳は既になく、今は戦闘時と同じような強い煌めきが見えた。それは犬飼の言葉を一言も漏らさぬよう、感情の機微を捉え、真実だけを見定めようとする鋭い眼差しだった。
 一瞬で雰囲気の変わった旬に戸惑いを感じながらも、犬飼は言われた通りの言葉を発しようとした。
 大丈夫、耐えられる。
 心にもないことを言葉に乗せるなんて、協会内で働いていれば日常茶飯事なことだ。感情を悟られないようにひたすら事務的に業務を遂行していた。それと同じだと思えばいいのだ。ここさえ越えれば旬の足を引っ張ることも、彼が自分の為に憂うこともなくなる。
 そう心の中で唱え、一切の感情を殺して旬の瞳に視線を合わせる。口を開き、言葉を紡ごうとした。

「でも、犬飼さんがどんなに俺を傷付ける言葉を言っても、俺はずっと犬飼さんのことを愛してますから」

 それよりも先に旬が犬飼へと言葉を告げてくる。強い光を湛えながらも甘く切なく細めた瞳が犬飼を射抜く。
 それは犬飼の不意を突くには十分な威力があった。言葉を発する為に開いた口は、もうそれで何も言えなくなる。早く伝えなければと思うのに、強張った唇からは何一つ台詞が出てこなかった。
「俺に相応しい人が他にいる?そんなの勝手に決め付けないで下さい。俺は貴方に惹かれた。勿論最初は貴方の持つ雰囲気に気圧されたり、気後れしてしまうこともありました。けれども、貴方はEランクである俺を馬鹿にすることは一度もなかったし、いつも丁寧に接してくれました。自分に非のあることは真摯に向き合い、謝罪も躊躇われない。自分よりも強大な力にも臆することなく、この国を守ることを第一に考えていた。そんな貴方だから俺は惹かれたんです。そして貴方の俺を包んでくれる温かな腕が堪らなく欲しいと思ったのです」
 掴まえて離さない犬飼の手を更に強く握り締めてくる。痛い程のその力が旬の想いの強さを表しているようで、犬飼の胸に熱いものが込み上げてくる。けれども、その熱に身を任せるわけにはいかない。そう頭では抗うのに心がその熱に引っ張られる。自分も旬を誰よりも愛していると、掴まれた手を握り返して叫び出したくて堪らなくなる。
「愛してるんです……」
 言葉と共に旬の右目から静かに一筋の涙が頬を伝い落ちた。天井から大きく広がり下りる窓に月明かりが射し込み、部屋の中に一条の光を伸ばしてその涙の跡を煌かせていく。
 それだけでもう駄目だった。
 犬飼は己の決心が崩れていくことを苦い想いで受け止める。しかし同時にひどく心が安堵していくのも感じた。
 旬の瞳はひたむきに犬飼だけを映している。流れる涙を拭うこともせず、もしかすれば己が涙していることも気付いていないのかもしれない。
 そんな旬を前にして、どうして心とは裏腹な言葉を告げることができるのか。そんな言葉はもう犬飼の中には何処にも残ってはいなかった。今はひたすらに旬が愛しくて抱き締めたくて堪らない気持ちしか湧いてこない。
 ああ、と思った。
 きっと自分は旬から望んで欲しかったんだと思った。
 互いの気持ちを伝えることはできたが、その後は二人の関係も心の進展も確認し合うこともできず、会えない日々だけが積み重なっていった。
 旬が成そうとしていることに理解を示しつつも、過ぎ去っていく時間が長ければ長い程、身の内にあった高揚感が段々と失われていくことに恐れを抱いた。
 焦がれる気持ちは自分だけの独りよがりだったのかもしれないと。そんな気持ちだけが徐々に己の身を蝕んでいく。そしてそれは自信をも揺るがしてしまう。自分は彼を幸せにする自信があるのか、彼から愛されている自信があるのかと。
 好意を持たれていることは確かなのだろう。ただ、それが自分と同じ恋情からくるものではなく、身内に寄せる親愛や友に見せる友愛からくるものだったのではないかと勝手に結論付けてしまった。
 だから、それならば彼を束縛してはいけないと思った。
 次に会う時に彼を自由にしなければと思った。
 けれど、その時が来てほしくない心もあって、結局自分から旬に会いたいと連絡することができなくなってしまっていたのだ。本当に自分勝手な考えだと今なら分かる。
 犬飼が自分の浅慮を悔いている間、旬は旬で犬飼が何も言葉を発してこないことを悪い方へと受け止めてしまい、更に自分自身を責める言葉を紡いでいく。
「ずっと会えないことに後ろめたさはあったんです。でも犬飼さんが何も言わないのをいいことに、自分のことばかりを優先してしまい、貴方の好意に甘えてました。いつも優しく出迎えてくれるからいつでも受け入れてくれるって。だからこれはそんな貴方の好意に胡座をかいていた罰なのかもしれませんね…」
 全て犬飼が勝手に自己嫌悪に陥って、旬の為だと言い訳をした浅はかさが招いたことなのに、旬の方が自分が悪いのだと己を責める。
「悔やんでも、もう手遅れなんですね…」
 そのまま犬飼を掴んでいた手が諦めたように離れていこうとした。
 ドクリ、と犬飼の心臓が嫌な風に高鳴る。
 ここで旬の手が離れてしまえば、もう永遠に彼と会えなくなってしまうかもれないと恐怖した。
 そう思った瞬間、犬飼は離れていく手を咄嗟に掴み直し、己の方へと強く引き寄せる。
「犬飼さん?」
「言える筈がありませんっ。今もどれだけ貴方を愛していると思っているのですか。僕だと貴方に何もしてあげることができないから、貴方の望みを叶えてくれる人の元へ送り出した方が貴方の為だと思ったのです。水篠さんが笑っていられるのなら、僕の元から離れていっても耐えらる筈だったのです。だけどっ」
 旬にはずっと笑っていてほしかった。こんな世の中で、世界を救おうとしている旬が笑っていられるなんて難しいことは分かっている。それでも自分の所為で旬の表情を曇らせたくはなかった。
 それなのに今、犬飼の目の前で犬飼の発した言葉に傷付き静かに涙を流す旬がいる。ずっと笑っていてほしいと願っておきながら、彼を泣かせてしまった自分自身が許せなかった。
「貴方に笑っていてほしいのに、自分が泣かせてしまっては何が幸せになってほしいでしょうっ」
「俺の幸せは犬飼さんの傍にしかないんです。犬飼さんにしか俺を幸せにできないんです。だから別れようなんて言わないでっ」
 必死に言い募る旬に自分が間違っていたと過ちを認める。
「離れて貴方の幸せを願うことが最善だと思っていました。水篠さんの気持ちも聞かず、勝手に貴方のことを決め付けて、一緒に幸せになるという当たり前のことが見えてなくて。そうではなく自分の気持ちときちんと向き合って、貴方にもっと想いを伝えるべきでした」
 愛している。
 この一言だけでも毎日互いに言葉にしていれば、こんなにも擦れ違うことはなかったのかもしれない。

「僕も愛しています」

 心の底から、全ての感情をその言葉に乗せて旬へと今の自分の想いを告げる。
「もう別れるなんて言わないですか?」
「言いません」
「犬飼さん以外に相応しい人がいるなんて言いませんか?」
「言いません」
「俺のことっ…ずっと愛してくれますか…っ…」
 最後の言葉を伝える時の旬の声が震えていることに気付く。これから先、犬飼が愛し続けてくれるか不安を隠しきれない姿がいじらしく愛おしい。
 不安がる旬を安心させるように、犬飼は身体を包み込むように抱き締め、その手に力を込める。
「永遠の愛を誓います…だから貴方の全てを僕に下さい」
「俺も…っ、犬飼さんの全てが欲しいです」
 互いの言葉と共に犬飼は旬の唇へと口付けをそっと落とす。それは誓いを立てた言葉を閉じ込める神聖な儀式を思わせる厳かなキスでもあった。
 時間にすれば数秒。
 それでも月明かりの下で交わすキスは、二人にとって今までで一番特別なものになった。
 余韻を残しながらも口付けた時と同じく、そっと唇を離せば、旬の伏せた目元が涙で濡れ、月光によって一枚の絵のように美しく輝いていた。その目元にも犬飼はキスを落とす。
「勿論です。僕も全て貴方へ捧げます」
 瞼に落ちたキスが離れると、それを追うように旬の瞳が犬飼の視線に絡ませてくる。
 今はもう先程までの悲しみを湛えた瞳ではなく、安心と幸福、そして犬飼への恋情を惜しみなく乗せた瞳で見つめてくる。
 ああ、この愛しさをどう表現すればいいのだろう。否、こんなにも愛しい人を自分は己の手で引き剥がそうとしたのだ。本当に愚かだと言う他なかった。そして旬が自分の言葉に見切りを付けて、別れることを承諾しなくて心底良かったと思う。彼の寛大さに自分は助けられたのだ。
「もう貴方を悲しませるようなことはしません。二人のことは必ず二人で話し合いましょう」
「はい、俺も不安なことはちゃんと話します」
 再び旬の唇にキスをする。今度は少し深く。
 唇の縁を舌でなぞれば、控え目に唇が開かれる。それを了承だと受け止めた犬飼は、旬の後頭部に手のひらを添えて引き寄せながら口腔内へと舌をゆっくりと挿し入れていく。
「犬飼さんっ…ぁ…いぬかっ…晃さん…っ…」
「ん…やっと…やっと名前で呼んで下さいましたね」
「だって…久し振りだったから…っ、もし名前で呼んで嫌な顔をされたらどうしようって…ぁんんっ…っ」
 互いの舌が絡みあった瞬間、箍が外れたように性急に相手を深く尚も一層求めて唇を奪い合う。常に穏やかで優しく旬を包み込んでいた犬飼が、今は荒々しいまでに旬の口腔内を掻き回し翻弄していく。
「そんな顔をする筈がないでしょう。それよりも僕も呼んでもいいでしょうか」
「呼んで下さい…っ、旬って…ぁ晃さんに呼んでほしいっ…ふぁっ」
 息継ぎをする余裕も与えない犬飼の舌技についていくのがやっとな旬であったが、呼吸の合間にどうにか言葉を伝える。
「旬さん」
 間を置くことなく犬飼が旬の名を呼ぶ。
「晃さんっ」
 呼応するように旬が呼び返す。
「旬さん」
「晃さんっ…晃さんっ…怖かっ…っ…晃さんが別れるって言ってっ…、俺の話…っ全…然…聞いてくれなくて…っ、怖かったっ…怖かったあぁっっ!あああっっ…ぁぅっ」
 徐々に感情が昂り、旬が嗚咽混じりの言葉で犬飼を責める。もう別れを言われることがないと安心した心が堰を切ったように旬の喉から悲痛な叫泣な声を上げさせ、止めどなく涙を流させた。
「もう別れるなんて言いません。貴方を二度と悲しませることも言いません。だから、どうか泣き止んで」
 旬を宥めるように顔中にキスの雨を降らし、流れる涙を指で拭っていく。
「もっと抱き締めてっ…もう何処へも行かないって言ってっ」
「何処にも行きません。旬さんの側で貴方を愛します」
「晃さんっ…晃さ…ぁんんっ、ぁ、おねがぃ…っぁ…」
「旬さん…っ」
 互いの名を呼び合う度に感情が昂り相手を求める欲が溢れ出す。
 懇願するように犬飼に切なく震える身体を擦り寄せてくる旬に犬飼も欲を煽られる。ただし、ここは協会の一室。
「旬さん、ここだと身体に負担がかかります」
「ん、無理…待てない…、晃さん…っ」
「しかし」
 久し振りに抱く恋人の身体からは既に芳しい香りが立ち込め、犬飼を誘惑してくる。それでも旬の身体の負担を思えば、ここで性急に身体を重ねることに躊躇いがあった。久し振りだからこそ旬を大事にしたいのだ。
 しかし旬としては大切に扱われていることは嬉しく思えど、犬飼の理性を歯痒くも思う。身体は既に犬飼に愛されたくて衝動を抑えきれずにいる。持て余す欲にそれならばと、犬飼の首元へと腕を回してくる。
「じゃあ、晃さんの家だったらいい?」
「ええ、それは願ってもないことですが…ここからですと少し時間がかかりますよ」
 協会から犬飼の自宅までは少し距離がある。犬飼としてはここから近いホテルを取るつもりであったが、旬から自宅がいいと請われる。
「大丈夫です。俺のスキルがあれば一瞬で晃さんの家に着くから。だから───」
 攫って下さい。
 犬飼の耳朶へと言葉を吹き込み、ぎゅうっと抱き付いてくる。そんな旬の願いを拒否できる筈がなく、犬飼は椅子から立ち上がると、旬の腰を抱いたまま了承の代わりに優しく唇を啄んだ。
「恋人の部屋に自ら来るんですから、当分は離してあげられませんよ。覚悟はできていますか?」
 ホテルであればまだ自制することはできる。しかし、自室に恋人を上げてしまえば離れていた分、簡単に理性を保てなくなることが容易に想像できる為、旬に先に牽制するような言葉を告げる。
「離さないで下さい。晃さんの部屋で俺の外も中も晃さんでいっぱいにして下さい」
 それなのに旬は、そんな犬飼の忠告を軽く飛び越えてくる。
 旬の腰を抱く手に力が入る。
「いいですよ。離れていた分の愛を受け止めて下さい」
 抱いた腰を引き寄せ意図的に己の下腹部を擦り寄せた犬飼に、月明かりに照らされた旬の頬が真っ赤に染め上がる。
 旬の反応が初々しくて愛しい。
「愛しています」
 そのまま再び旬の唇を奪う。今度は目的を持って旬を翻弄していく。旬もそれに応えながら呼吸の合間に一つ唱える。唱え終われば、また官能を引き出すように口付けを深くしていく。
 そんな二人を闇が濃く包み込んでいく。
 足元から徐々に闇に溶けていく身体は、その内全て飲み込まれ、後に残ったのは窓から入り込んだ風が机の上に重ね置かれた書類を小さく揺らすのみだった。



 翌日、ハンター協会会長の秘書の元に一通の電話が入る。
 電話越しに聞こえた会長の声が久し振りに穏やかであったり、漸く休みを取ると言ってくれたことに秘書は大いに安堵したが、その理由は知る由もなかった。
 秘書とのやり取りを終えた犬飼は、隣で眠る恋人を見つめる。ベッドヘッドに背中を預けて座っていた犬飼に寄り添って眠る旬の顔は穏やかで、未だ夢の中から起きる気配はなさそうだった。
 そんな恋人の額にそっとキスを落とした犬飼は、旬を起こさないようにベッドから降りる。そして旬が起きたら二人で食べる朝食を作る為にキッチンへと向かったのだった。

 キッチンからココアの甘い香りとパンの焼ける香ばしい匂いがしてきた頃、寝室のカーテンが開かれる。
 朝の爽やかな陽の光が満たす部屋の真ん中で、真白いリネンに包まれて目を覚ました恋人の唇へと朝の挨拶を贈る。

「おはようございます、旬さん」
「おはようございます、晃さん」

 恋人たちの一日は始まったばかり────。


**********
2022年お正月お年玉企画「#新年だからrtの早い5人は私の超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超ガチ勢だからお年玉感覚で願いを聞こう」で犬旬リクエストで書かせていただいたものです。
一度は書いてみたかったすれ違う二人です。
終盤まで少々暗い話でしたが、私が書くものなので最後は勿論ハピエンです。
えちよりも精神的繋がりに重点を置いちゃったので今回はこんな感じで終わらせちゃいましたが、いつかは犬旬でもえち書いてみたいです。

初出:2022.04.18

bottom of page