── 沖の屋
夏的恋愛二十題より「4.水遊びって年でもないけど」
あ、と声が出た時には遅かった。
二人は集まった少年たちが持つ水鉄砲の集中攻撃の餌食になっていた。
きゃあきゃあ、と小さな子供たちの可愛らしい声がハンター協会の広場に響き渡る。
今日は年に一度、協会主催の夏祭りが催されている。
協会に所属しているハンターたちが家族を連れて楽しんでいる姿がそこかしこで見られる。
午前中から始まったそれは夜の花火で締めくくられる。
今は昼を過ぎた一日で一番暑い時間帯。それにもかかわらず、子供たちは元気に広場を駆けている。皆が水着姿なのは、祭りのメインの一つであるウォータープールに入る為。
広場にできた簡易プールはそこそこ大きく、水も循環させている為、この炎天下であっても子供たちは元気だった。
そして、水遊び用にとビーチボールや浮き輪の他にも幾つかの水鉄砲が置かれていた。
プール内にある的に当てて遊んでもいいし、もしくは友人同士で撃ち合いをしてもいい。ただし、必ずウォータープール内で遊ぶことをルールにしていたのだが、どこかのやんちゃなそこそこ歳をとったグループがイラズラ目的でプール外にも撃ち始めた。
子供の為に用意したものを勝手に持ち出し、挙句に周りに迷惑をかける。そうなれば、周りに影響しないようにと協会職員が注意に動くのは必然で。その役目に手の空いていた犬飼が行くことになった。そして、その途中で家族と来ていた旬と会い、説明を聞いた旬も一緒についていくことにしたところで、悲劇が起こったのだった。
少年が旬に向かって撃った水を犬飼が咄嗟に庇ったのだ。ぴしゃりと犬飼の端正な顔に水がかかる。それを見た他の少年たちも面白半分に犬飼めがけて水を撃ちだしたものだから、旬の怒りに触れるのも難くなかった。
大人気ないと言われようも恋人を水濡れにして面白がっている輩を笑って許せるほど、旬はできた人間ではない。
「キバ」
低く唸る声で足下の影を喚ぶ。
姿を見せなくても悪童どもに灸を据えることなど造作もない。喚ばれたキバは主の意図を的確に汲み取り、少年たちへと大量の水を浴びせかけた。
どこからともなく現れた水に少年たちは目を白黒させる。その間に姿を隠した兵士たちが彼らの持っている水鉄砲を奪い上げ、彼らに向かって一斉に射撃する。
四方八方から襲いくる大量の水に少年たちはとうとう腰を抜かして逃げようとするも、そこへ協会所属のハンターであり彼らの保護者たちが仁王立ちで彼らの前に立ち塞がり、烈火の如く叱り飛ばしたのだった。
それもそのはず、片や監視課の鬼とも呼ばれているA級ハンターと片や日本のハンターであれば知らぬ者がいないほど有名なS級ハンターなのだ。ハンターでなくても逆らってはならない二人だと分かる。そんな二人に自分たちの子どもが悪ふざけで濡れねずみにしてしまったのだ。顔面蒼白などと生易しいものではなかった。心臓が凍りつき失神しそうになりながらも、なんとか子どもの後頭部を鷲掴み地面に擦り付けるほどに平身低頭で謝罪をしたのだった。
子供らも親たちのそんな姿に、ようやく自分たちがとんでもなく大変なことをしでかしたのだと気付き涙目になりながら謝罪をしてくる。そうなれば旬も犬飼もこれ以上説教をするわけにもいかず。彼らにはきちんとルールを守れないのであれば今後協会への出入りを禁止すると言い、親たちには子どもの行いは親の責任になること、きちんと子どもたちを見ておくようにと、きつく厳命すると、今回はそれで収束させたのだった。
その後。
あれからすぐに犬飼は旬に着替えを用意する為に協会施設へと案内しようとした。しかし、それは今のやり取りを見ていたプール内にいた小さな子供たちによって阻まれてしまう。どうやらキバが見せた水魔法にいたく興味を持ってしまったらしく、犬飼が少年たちに説教をしている間に旬は子供たちに取り囲まれ、もう一度見せてほしいとせがまれていた。
流石の旬も幼気な年端もいかない子供たちにきらきらとした目で訴えられてしまえば無碍にもできず、キバに子供たちが喜ぶような水曲芸に似た魔法を披露できないか伺っていた。
そして、その結果更に水濡れ状態になってしまい、犬飼によって協会施設内の更衣室に連れられてしまったのだった。
「巻き込んでしまい、申し訳ございません」
更衣室に着き、バスタオルを渡した犬飼は改めて旬に謝罪をする。律儀に頭を下げてくる姿に旬の方が慌ててそれを止めさせる。
「そんな! 犬飼さんのせいじゃありません! それに濡れてしまったのは俺が子供たちの相手をしたから。だから謝らないでください」
始めは驚かせてはいけないと、プールの水を噴水のように噴き上げるくらいに留めていた。それがいつしかどこかのウォーターイリュージョンのようなショーになってしまった。
(キバがノリノリだったからな)
子供たちの歓声に気を良くしたキバが、最後は旬が命令せずとも水芸を披露していた。案外子供好きなのかもしれない。
「それよりも犬飼さんもスーツが濡れてしまっているんですから、俺よりも先に着替えてください」
旬はボタンシャツに黒のカジュアルパンツといったラフな格好だったが、犬飼はいつもと変わらないスーツ姿なのだ。水を吸って重くなっているのもそうだが、放っておけばスーツに皺ができてしまう。
「いえ、僕よりも水篠ハンターが先に着替えてください」
それでも犬飼は頑なに旬を着替えさせようとする。しかも先ほどから何故か視線を合わせようとしてくれない犬飼に違和感を感じた旬は、思い切って犬飼へと腕を伸ばした。
「あ、晃さんっ」
自分を見てくれない犬飼に、二人きりの時に呼ぶ名を声に出す。犬飼は弾かれたように旬に視線を向けたが、すぐにまた視線を横へとずらし、控えに置いてある着替えを探そうとする。しかし、その横顔から見える耳が仄かに朱く染まっていることに気付く。
「晃さん?」
再び呼んだ声音には困惑の色が含まれていた。だからなのか、犬飼がようやく旬に目を合わせてくれる。しかし、それと同時にバスタオルも被せられ、上から強くない程度に拭かれていく。
「どうしたんですか?」
犬飼の行動が分からず不安げな顔で見つめる。そんな旬に犬飼は少し言いづらそうに言葉を告げてくる。
「大分濡れてしまっているので、その……シャツが肌に貼り付いてしまってまして……」
そのまま抱きしめるように旬の背中に腕を回される。
「貴方の愛らしい乳首が透けて見えてしまっているのです」
そっと耳元で低く囁かれ、水に濡れて冷えたわけじゃないのにぞくりと体が震えた。
だから早く着替えましょうと言ってくる犬飼の声は旬には届かない。羞恥心と低く耳元で囁かれた声に顔が真っ赤になるのが分かる。覚えのある熱を感じて更に狼狽えてしまう。
「あ、きらさん……」
助けを求めるように呼ぶ恋人の名前は、甘やかに掠れてしまう。しかし、それだけで犬飼には分かったらしく、さっきまでの協会職員としての顔ではなく、恋人としての顔で旬を見つめてくる。
つい、と頬を撫でられる。
「体が冷えてますね。着替えをするよりも先にシャワーを浴びられた方がいいですね」
優しく囁かれた言葉に頷くことしかできなかったが、そのまま軽く抱き上げられ、目的の場所まで連れて行かれる。
その際に再び囁かれた言葉に、シャワーなんか浴びなくてもいいくらいに体中が熱くなる。
「僕も一緒に体を温めてもいいですか」
それはシャワーで温まることを指しているのか、それともそれ以外のことを指しているのか。
ほどなく室内からシャワーを使う音が聞こえてくる。
響く水音はひとつだけ。
外はまだ夏の陽射しが容赦なく照りつけている。祭りは賑やかしく、子供たちの元気な声が夏空に広がった。
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Xで2024年8月1日の「やおいの日」企画で先着5名様にリクエストを伺ったもののひとつ。
お題は、お題配布サイト「TOY」様よりお借りしました。