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801の日

告白

「好き」
「その真剣な瞳が好き」
「冷たい唇が好き」
「饒舌な舌が好き」
「俺を包む大きな手が好き」
「優しく撫でる指が好き」
「揺るがない背中が好き」
「俺を狂わすその熱が好き」
そして─────、
「俺を導く紅が好き」
彼の腕の中で好きと言う度に同じ場所に好きを返してくれる彼が好き。
だから同じだけ俺も好きの場所に好きを贈った─────。



湖水の月

ビルの屋上を差す陽が翳る頃。
足元にあった影が長く長く伸びていく様子をビルの端辺に立ち眺める。
一歩後ろに下がればそこは地面のない高層の谷間。
上を見れば蒼から紫檀へと階調を変化させた夕空。
東の空からは安寧を待つ闇色が迫って来ている。
ふと一羽の夜啼鳥がビル群の上空を飛んでいくのが見えた。
それを追うように視線を後方へと移せば身体がフワリと浮き、重力を感じた。
けれど一瞬後には先に見た安寧の闇に身体が包み込まれる。
視線を上げれば闇に浮かぶ湖水の月を思わせる静かな双眸。
視界に映るは、夕闇の空と湖水の月。
回した腕を闇に絡ませ、落ちる重力に身を任せながら、その闇に口付けを落とした─────。



氷水

夏風と共に窓から入る蝉の聲。
ベッドの上で仰向けに寝転がり、午睡から目覚める。
気温は高くなる一方だったが、エアコンを付ける気にはなれず、窓から入る風で涼を取る。
スリーブレスとハーフパンツな姿で体温で温まったシーツから逃げるようにコロリ、コロリとベッドの上を転がる。
何度目かの寝返りを打ったところで首筋に冷たい感触を覚え、視線を上げると氷の入ったグラスを持った愛しい影の姿が見えた。
もっと触れて欲しくて、仰向けになった身体をベッドに投げ出せば、グラスで冷えた両手のひらを首にある太い血管の上に添わされる。
投げ出していた足を曲げれば、ハーフパンツの裾が重力で下り、日に焼けていない太腿を露わにさせた。
熱を下げるには動脈を冷やせばいい。
どこかで読んだ熱冷ましの方法を影にさせてみる。
冷えた手のひらが今度は太腿の内側に触れてきたが、本に書いてあったように熱が冷めることはなかった─────。



シャッター音

カメラ越しに注がれる視線に身体が疼く。
冷たい、感情が乗ることのないカメラのシャッター音。
合わせたように彼の表情や言葉にも感情は欠落している。
それなのに自分を、自分だけを見つめてくる彼の視線にどうしようもなく身体が疼いてしまうのは、きっとあの日の所為。
真白いシーツの海に投げ出された自分の裸体を何度も無機質なカメラで収めていった。
あの日の彼の視線が忘れられない。
初めて彼が感情を瞳に乗せたあの日。
もう一度その瞳で見つめられたい。
だから彼がレンズ越しに寄こす視線に自分は感情を乗せた視線を返す。
本当の俺を撮りたいなら本音を晒せと。
けれど無機質な冷たいシャッター音が変わることは、なかった─────。



Happiness

ずっと身体の奥にイグリットの魔力を注がれていたからなのか、ある時から身体に変化が起きた。
全体的に丸みを帯びた身体。胸が膨らみ、尻も柔らかくなった。
何よりも少しずつ大きくなっていく腹部に違和感を覚えて、こっそりとハンター専門の医者に診て貰えば、おめでたと言われ唖然とした。
自分の身体の中に新しい生命が宿っているなんて思いもよらなかった。
医者から告げられた言葉にイグリットが足元から現れ隣に佇む。彼に拒絶されたらどうしようかと咄嗟にその顔を見上げれば、やはり自分と同じく驚いた顔をしていた。だけどそこには一切の拒絶はなく、一瞬後には自分の身体を抱きしめ、愛おしそうに腹部に手を添えられた。
自分の身体が変化したことに吃驚はしたけど、忌避することはなかった。
なによりもイグリットと二人の間に生まれた小さな命。
嬉しさと幸せさで涙を止めることができなかった。
それからは怒涛のような速さで時間が過ぎた。
家族が増えると、母と妹は喜んでくれた。
ハンター協会には出産前後はハンターの仕事ができないことを告げれば、案の定激震が走った。勿論超一級最高機密として取り扱ってくれた為、誰にも知られずに穏やかに出産のその日を迎えることができた。
腕に初めて抱いた小さな命に愛おしさと嬉しさが込み上げる。
そんな自分をそっと抱いてくれる優しい腕。
その腕に身を寄せると、上を向き、視線の先にある唇に自分のそれをそっと触れ合わせた。
柔らかな時間が流れる。
ふにゃふにゃと可愛らしく泣きだした我が子を二人してあやす。
不安はあったけどイグリットとなら歩んでいける。
それに、と自分の足元を見れば、出て来たくてウズウズしている者たちが影の中でうろうろしているのが見えて思わず笑ってしまった。
彼らもいる。
だけど、対面はもう少しあと。
きっとその時はイグリットの厳しい監視が付くんだろうと想像してまた一つ笑ってしまった─────。



Color

個人情報は協会側で厳重に管理されている。
自分の情報が漏れることはなかったが、その為、偶にインタビューを依頼してくるメディアがある。大抵は断っているのだが、副ギルドマスターが有益だと思った雑誌なんかのインタビューは受けることがあった。
今回もその中のひとつ。
真面目な質問にいくつか答え、あとは戯れのような質問に少しだけ付き合った。
そして最後の質問。
“好きな色は?”
咄嗟に頭に浮かんだのは深い深い濃い深淵の紅い色。
戦闘時に流れる美しい紅。
目を閉じれば鮮明に思い出されるその色が自分の最愛の色。
“好きな色は黒です”
だけどそれは自分だけの色。
誰も知らなくていい色─────。



所有印

カンディアルの祝福が常時発動している為、身体に受けた傷や痣は一定の時間が経てば消えてしまう。
だから、彼が付ける所有印も一夜限りで俺の身体から最初からなかったかのように散ってしまう。
彼の身体には自分が付けた今では所有の証ともなった消えない痕があるのに、この身体には彼からの証が残ることがない。それが酷く悔しくて、だから上手くいくかどうか分からないけど彼に言ったお願い事。
「お前の魔力で俺の身体に所有痣を付けて欲しい」
体内から魔力を込めた熱を刻めば、この身体にも彼の証が残るかもしれない。
だから熱い熱の楔が身体の奥を暴いた時に胸の中心をきつく噛んでもらった。
魔力で光る痣。花のような魔法陣のような美しい痣が胸に現れる。
その後には圧倒的な熱量が身体を巡り、彼の腕に抱かれて意識を手放したのだった。
朝日が差し込むベッドの上で目覚めれば、胸に残る綺麗な痣を見つける。
愛おしくて嬉しくて、そっと指でその場所をなぞった─────。



立つ場所

此方の人数は片手の指で足りる数。
対して相手は数えるだけ無駄なくらいの大多数で此方を取り囲んでいた。
交渉は決裂。
相手が此方を下に見ていた時点でそうなるとは予測していたが、自分に対して寄越す視線の不快感は反吐が出る程だった。
見兼ねたイグリットが自分の前に立ち、その視線を遮る。
不快感が少し和らいだ気がしたが、緊張感は未だ持続したまま。
先頭に立つ形となったイグリットに相手側の一人が一歩前に出る。と同時にイグリットの死角、左側を取ろうとした。
"馬鹿な奴"
その行為がどれだけ無謀な行動か、相手は身を持って知っただろう。けれどその時にはもうその身体は人形のように崩折れ、心臓は事切れてた状態だった。
イグリットの左目に走った剣傷。視覚を失った彼の弱点だと相手は勝手に思っているようだが、それこそが間違い。
左の死角はイグリットの逆鱗。
そこに入った者は誰も彼の剣から逃れることはできない。
カツン、足音を立てて、血の付いた剣を振るったイグリットの隣に立つ。
立ち位置は左側。
彼の左に立てるのは己だけ─────。



夏衣装

「どう、かな?」
真夏の太陽が照りつける中、今日はダンジョンに入る日。
ここ最近、あまりの暑さでいつもの格好でダンジョンに入る気が起こらず、どうしたものかと悩んでいたところ、アーティファクトを取り扱っているブランドショップから声をかけられた。夏に丁度いい衣装があると、見せてもらったものは言われた通り、涼しげなものだった為、即金で購入したのだった。
今日はその衣装のお披露目。
着替えを済ませ、最愛の恋人であり従者である彼を喚び出して、衣装の感想を聞こうと冒頭の質問を投げかけた。
いつもは自分の格好に頓着することはなかったけれど、やはり新しい衣装を身に付けた自分をイグリットがどう思うのかは女性として気になってしまう。
背後に跪いたイグリットにくるりと身体を回転させて彼の正面に立つ。
ドキドキと彼が此方を見上げるのを待つ。
視線を上げた彼と目が合った。
その瞬間、イグリットが固まったのが分かった。
「え?どこかおかしい?やっぱり似合ってない?」
心が氷のように冷えていくのが分かる。
いつもは機能重視で男性のようなラフな格好でダンジョンに入っていたのを、今日はどう見ても女性と分かる衣装を身に纏っている。それがやはりイグリットには不恰好に見えたのだろうか。
そう思ったらさっきまでのドキドキとした感情が一気に萎んでいった─────。
to be continued.



夏衣装

敬愛する主であり、最愛の人が自分の名前を喚ぶ。
一も二もなく主の前に跪き、次に発せられる言葉を待った。
「どう、かな?」
そう言った主を目に映す為に視線を上げたところで、その姿に思考が止まった。
連日の暑さに辟易とされていたことは知っていた。いつもの服だと暑いからと新しい衣装を新調されていたのも知っていた。だから新しい衣装を身に纏った主の姿がそこにあるのだろうと思っていた。
勿論、目の前のは新調された衣装を纏った主の姿があった。
袖のないスリーブレスの上衣は胸上でカットされ、はち切れんばかりの胸元を交互に編まれた紐で窮屈そうに結んでいた。首元は大きく開かれ、くっきりと形の良い谷間が見える。
綺麗に括れた腰部は何も纏っておらず、形の良い臍が無防備に晒されている。
ボトムも丈を短く切られた腰骨で履くタイプ。形の良い彼女の小さな尻を申し訳程度に隠し、そこから長く伸びた脚は、いつもなら陽の当たらない場所の為、眩しすぎる程白かった。
腕には上腕まで覆うロンググローブ、靴は膝上まであるローヒールのブーツ。
そこには紛うことなき戦いの女神が降臨されていた。
主の為に誂えられたように、主の魅力を最大限に引き出した衣装は本当に似合っていた。
似合っていたが、その衣装で外に出られることは容認できなかった。
今日は、相手からの依頼で珍しく他ギルドと合同でダンジョンに入る。その中には少なからず主に懸想している者も腹立たしいが幾人かいる。
そんな場所にこんな姿の主を放り込むようなことは断じてあってはならない。
自分が主を見て固まってしまったことを悪い方へと解釈された主にまずは誤解だと手の甲に口付ける。立ち上がりその身を腕の中へと抱き寄せれば漸く笑顔が戻ってくる。
けれども、この格好の主を外にお連れするわけにはいかない。
だからこの後に取る自分の行動はただ一つ─────。
時間通りにダンジョンの前に現れた旬の衣装はいつもと変わらない黒のシャツに黒のボトム。
何故か怒った表情をしているのに、頬を上気しさせ心なしか目元が朱くなっているのを相手ハンターたちは不思議そうに見ていた。
彼らからは見えない。
衣装で隠れた場所には無数の朱華が散っていることはイグリットしか知らない─────。


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2021年8月1日の「801の日」企画で朝からひたすら書いてはアップしていた企画モノ。
ちょうど休みと被ったからできた企画モノだと思ってます。
女体、妊娠、マフィア、アイドル……なんでもありでした。

初出2021.08.01

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