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Sous le gui… …

 シャラン──、

 耳朶を掠めた鈴の音に、夜のビル群を飛び越えていた旬は足を止める。
 降りた場所は緑地帯になっているビルの屋上。上から眼下を見下ろせば、煌びやかな光の渦が目の前に飛び込んでくる。
 街路樹が美しく装飾され、その周りにある店からも暖かな灯りと店頭を飾り付けるオブジェが光によって輝いている。
 いつもより人々が浮き足立っている気配を感じ、旬は「ああ」っと独りごちる。
「もうクリスマスか」
 どうりで陽が落ちると共に温度が下がり、身体が冷えてくるのが早いと思った。もうそんな時期なのかと。
 自覚すると、途端に夜の空気が旬に纏い付き、ふるりと肩が震えた。
 しかし、それと同じくしてその肩を包むものが見えた。視線を上げれば思った通り、旬の騎士が夜風から守るように自分を抱き寄せている。
「ここは冷えますから」
 優しく包み込まれる気配に寒さで張っていた緊張が解けていく。
「イグリットが抱き締めてくれてるから寒くはないさ」
 憚らず旬からもイグリットに身を寄せれば抱き締めてくる手のひらの力が強くなる。
「私には人のような体温はありませんから、温かくはないです。これ以上は御身が冷えますから、早急に家路に着きませんと」
 行動とは裏腹に生真面目な返答をしてくるイグリットに苦笑が漏れる。
「せっかくクリスマスの夜に二人きりになれたのに無粋なことを言うなよ。それに温かくないなんて言いながらも、魔力で熱を出してるじゃないか」
 旬が寒くないようにと、自らの体内で魔力を燃やし、熱のない躰を温めている恋人を旬は益々強く抱き締める。
「恋人とクリスマスを過ごすなんて初めてだよ」
 イベント事には関心のない旬ではあったが、それでも好きな人と特別な日を過ごすことに興味がないわけではない。
 離れ難くてもう少しこのままでいたいとイグリットに目線で訴えれば、困ったような顔をしながらも腕の中にすっぽりと包み込んでくれるから愛しくて仕方がない。
「あったかい……」
 魔力で温めてくれなくてもイグリットに抱き締められたらいつだって温かい。そう教えても、きっと彼は冬の間は躰を温めて旬を抱き締めるのを止めないのだろうけど。
「あ、雪が……」
 目端に小さくて白いものを認める。視線を上空へと上げると、無数の雪の結晶が夜空からゆっくりと舞い降りていた。
 不意に頬に触れるものがある。視線を上空から目の前の恋人へと移せば、目元を柔らかく細め旬を見詰める瞳とかち合う。
 あっと思った時には身を屈めたイグリットの顔が近付いていて、旬の唇をゆっくりと優しく塞いでいた。
 時間にしては数秒。
 塞がれた唇をゆっくりと解かれ、閉じていた瞼もゆっくりと開ける。
「主君に断りもなく──、」
「ストップ。いつも言ってるだろう。恋人同士なんだから、キスに許可なんて要らないって」
 時と場所にもよるけれど、イグリットが主従の垣根を越えて自ら行動を起こしてくれることが嬉しい。
 それに──、
「ここではキスを拒んじゃダメだって分かっててしたんじゃないの?」
 悪戯っぽく口角を上げて告げれば、何のことだとキョトンとした顔を返される。勿論、イグリットがこの世界の、しかも外国の習わしを知らないことは分かっている。分かっていてのちょっとした揶揄いを思い付いたのだ。
 折しも今自分たちのいる場所は、空中庭園のような場所。クリスマス仕様に飾り付けられたそこには図らずも、ある植物が植えられていた。二人は丁度その木の下で立っていたのだ。
「ヤドリギの木の下ではキスを拒んじゃダメだって、知っててしてきたんじゃないの?」
 イグリットの腰に腕を回したまま、ニンマリと下から見上げれば、案の定、狼狽えたように焦った表情をしてくる。
「い、いえっ、そのような習わしがあるとは知らずっ。しきたりを盾に取ってキスを強要したわけでは決してございません!」
 旬にキスを強要してしまったと思ったイグリットは、慌てて謝罪をしようとするが、それを今度は旬がキスで唇を塞いで言葉を飲み込む。悪戯は成功したけれど、謝ってほしいわけではなかったから。
「冗談だよ。ちょっとだけイグリットを困らせたかっただけ。…ゴメン、怒った?」
 無意識に上目遣いでイグリットを伺うそんな顔を見てしまっては怒れないし、そもそも怒る理由もない。
「困ったお方だ」
 上を向いている旬の額にキスを落としたイグリットは、苦笑をしながらも耳朶の中へと言葉を吹き込む。途端、旬の肩が大袈裟な程跳ねてしまう。
「っ!」
 旬がイグリットの声に弱いことを知ってるくせに、意趣返しのように耳元で言葉を紡いでいくのを怒った風に睨む。けれども涙で潤んだ瞳では、その威力も半減し、イグリットの熱を上げただけに過ぎない。
「おあいこということで」
 こちらも悪戯っぽく笑むイグリットに旬の方もそれ以上は怒ることもできず、そもそも最初から怒ってもいなかったから直ぐに睨む目元を和らげる。
「仕方がないな」
 柔らかい笑みが溢れるが、先の余韻はまだ耳元から離れていかず、イグリットを見つめる瞳は潤んだまま。
「ヤドリギの木の下ではキスを拒めないんでしたね」
 言葉がなくとも旬が誘うようにイグリットのマントを引いてくるのを腰を抱くことで意思を伝える。
 自然と寄せ合う唇。
 遠くから鈴の音が微かに聞こえてくる。
 羽のように舞い散る雪がふわりふわりと二人の間に静かに降り注いだ。


 そんな二人をヤドリギの木の祝福が包みこむように優しく見守っていた────。


初出:2021.12.25

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