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5月6日はゴムの日

 現在、旬の手の中には今までの人生の中で使うことのなかったものが握り込まれている。そしてそれは、これからの人生の中でも使うことのないもの、と思いたい。
 何故そんなものが旬の手の中にあるのかと理由を説明するには、少しだけ時間を遡ることになる。

 都内のとある場所で旬は偶然にもハンタースギルドの代表である最上とばったり出会した。
 最上とは架南島レイド以来の顔合わせになり、向こうから親しげに話しかけてきたのだ。旬の方も特に急ぎの用があるわけでもなく、顔見知りと言うことで最上の話に付き合っていたのだが、話題が一区切りしたところで終始穏やかな笑顔を見せる最上からとんでもない話を振られてしまう。
「水篠ハンターは、あの騎士の姿をした召喚獣と恋仲というのは本当なのですか?」
 立ち話もなんですから、とオープンテレスのあるカフェに連れて行かれ、最上の奢りで注文されたカフェラテを一口含んだところで掛けられた言葉。危うく咽せそうになるのを寸でのところで留まり、慌てて口元を拭う。
「大丈夫ですか」
 問い掛けた当の本人からハンカチが渡されるが、それを丁重に断り、テーブルの上にある水の入ったグラスに手を伸ばす。
「大丈夫です。それより、それは誰から聞いた話ですか?」
 グラスの水を飲み、漸く動揺した心を落ち着かせた旬は、噂の出所を聞き出そうと最上に問い返せば、にこりと人好きのする笑顔を返される。
「情報源はお教えすることはできませんが、私もお二人の仲が気になったので、ずっと聞いてみたかったのです。その様子だと噂は本当だということですね」
 今の一連の流れで真相が事実だと確信した最上の瞳がうっすらと細められる。
 その表情に一瞬警戒を強めた旬であったが、最上からはそれ以上の嫌な気配がすることはなく、ただ旬の動揺する姿を純粋に面白く思っているだけなのだと、相手の瞳の奥に嫌悪の色が見えないことで、強めた警戒心を解く。
「ゴシップネタにされるのは気分が悪いのですが」
 それでもイグリットとのことを面白可笑しくネタにされるつもりはないので、最上に警告するつもりで口を開いた旬だったが、旬の言いたいことは分かっていると言いたげに言葉を発する前に片手を上げて牽制される。
「誰かに言うつもりはありませんので、ご安心ください。私の好奇心を満たしたかっただけなのと、少しのお節介を言わせてほしくて確認しただけですから」
 旬の反応に満足した最上はソーサーに手を伸ばし磁器製の上品なティーカップに品良く口を付ける。
「お節介ですか」
 最上に意図があるわけではないと分かりはしたが、お節介という言葉に引っかかる。何を言われるのかと身構える旬に、持っていたティーカップをソーサーごとテーブルに戻した最上が口元に笑みを浮かべながら、またしてもとんでもない言葉を旬へと発した。
「ちゃんと避妊はされていますか?」
「っ?! ……っごほっ……っ!!」
 今度こそ盛大に咽せた旬は、咳き込みながらもなんとか落ち着こうとするも、そんな旬に追い打ちをかけるように最上から更なる言葉を告げられる。
「水篠ハンターの召喚術は死者を蘇らせるもののようですので、一般の召喚術とは些か違うのかもしれませんが、その分未知の部分もあるでしょう。召喚獣が射精だしたものが水篠ハンターの負担になるものでないのであれば良いのですが、避妊をせずに毎回中に射精だされているのであればもしかすると身体に何かしらの変調が起きてしまう可能性もあります」
 平然とした顔で話を続ける最上に、咽せて呼吸もままならない状態で顔を真っ赤にしながら旬は目線を上げる。旬の視線を受けて最上はまたしても笑顔を返す。
「それで避妊はされていますか?」
 再度同じ質問をしてくる最上に、旬は羞恥で返事を返すこともできず、ただ頭を横に振ることしかできない。こんな街中のオープンテラスで、しかも街路樹の葉の間からは麗らかに木漏れ日が差し込む時間帯にだ。居たたまれない話題に何故こんなに平然としていられるのか旬には理解ができなかった。最上がおかしいのか、旬がただ単に気にしすぎなのか。
 動揺する旬を余所にティーカップに注がれた紅茶を飲み終えた最上は席を立つ。そのまま旬の傍まで来ると手の中へと細身の箱を一つ手渡してくる。
「水篠ハンターは今や世界を救う唯一の救世主です。そんな貴方に何かあっては大変ですから、恋人にはちゃんと言うべきことは言ってくださいね」
 それだけを言うと、最上はカフェに来ている女性陣の熱い視線を一身に受けながら、優雅にその場を去っていった。
 残された旬は暫し呆然とした後、脱力したように座っていた椅子に背を預け大きな溜め息を吐く。冷静になればハラスメント発言も甚だしい最上の言葉であったが、さっきまでの旬にはそれを気にする余裕もなかった。言われるままされるがままに最上が一方的に喋って終わった感じしかしなかった。しかも去り際に何かを渡してくる始末で。
 一体何を渡してきたのかと、箱を持つ手とは反対側の手で額を押さえながら、手の中身を一瞥したところで慌てて握り直す。その際に箱が若干潰れてしまったが知ったことではない。
「な、な……っ」
 叫び出さなかった自分を褒めてやりたい。
 最上が旬に渡してきたものは、まさしくお節介と言うだけのものである、ゴム製の避妊具のそれであった。しかもXLサイズ。
「絶対にもうあの人とは関わるものかっ……!」
 最上自身は純粋に旬のことを心配して言っていたに他ならないのだが、旬からすれば年下を揶揄う年長者の一興にしか思えない。
 腹立たしさにそのまま手の中の箱を投げ捨ててやりたい衝動に駆られたが、中身が中身である為にそういうわけにもいかず、穏やかなカフェテラスの一席でわなわなと肩を震わせて羞恥と怒りを耐えるしかできなかった。
 そんな旬の足下には木漏れ日でできた影が、旬がその場から離れるまで心配そうにいつまでも揺れていた。


 その夜、最上に渡されたそれを旬がイグリットに使ったかどうかは本人たちだけが知ること────。


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本日5月6日は「ゴムの日」と聞いて、思い付くままに書いたイグ旬です。
初めて最上さんを出したのに、ただの変態セクハラ人間になってしまい大変申し訳ございませんでしたっ!
体液のないイグリットにはゴムなんて必要ないですが、そんなことは知らない最上さんがお節介と称して動揺する旬を見て楽しむといった、なんだか下な話となってしまいました。
ウチのイグリットの設定では、物理的なものが出されることはないのですが、その代わりに達する時は魔力が注がれるというファンタジーを採用しています。
なので、もしかしたらイグリットの魔力を何度も何度も中に注がれていれば、その内旬の体にも変化が起こるかも~。なんて夢見てたりもします(妄想甚だしい)
今回の話でもイグリットにゴムを着ける旬も見たかったのですが時間がなかったので、いつもながらの中途半端なところで切ってしまいました。
いつかXLサイズのゴムを恥ずかしそうに着けるイグ旬な話も書いてみたいです。

初出:2022.05.06

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