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暴かれる心

※捏造イグリットとベルがいます。苦手な方は回れ右でお願いします。



 蒼く光る月の下。
 混凝土でできた建造物は、使う者が居なくなった頃から腐朽が進み、どの建造物も外壁は崩れ、ある物は階の途中から折れ、ある物は窓の硝子は無残にも割れ落ち地面に細かな破片を散らしていた。
 街全体が廃墟と化し、もう何年、何十年もそのままにされている場所であろう。
 人の気配は全く無く、冷たい無機質な物だけが月明かりに照らされ、静かに横たわっていた。

 ここはシステムが構築したダンジョンの中。
 毎日課されるクエストの達成報酬の一つにランダムボックスがある。
 文字通り毎回ランダムにアイテムが出てくる。その殆どは日常のどうでもいい物ばかりだが、偶にバトルで使用できるようなレアなアイテムだったり、インスタンスダンジョンの鍵のような物が出たりすることもある。
 今回もランダムボックスから受け取ったアイテムがダンジョンの鍵であった為、経験値稼ぎとアイテム回収に数時間前からこの廃墟と化したフィールドを回っていた。
 鍵は稀少S級クラスだったようで、出てくるモンスターはどれも一筋縄ではいかず、旬のレベルでも一撃で仕留め切れないモンスターも少なくなかった。
 またフィールド全体も思った以上に広く、各処に魔法陣が描かれたゲートが点在しており、ゲートを通ると新たなフィールドに転移するようになっていた。
 直ぐにクリアするものと思っていた旬だったが、あまりの広さに当初の計画を諦め、長期戦に臨む為拠点を設けながら進む事にした。
 幸い、敵の襲撃には規則性があるらしく、ある一定の時間が経てば波は一旦引くので、その間に回復や武器の状態を確認する。攻略自体は然程難しくはなさそうだと結論付けた。
 その上で先の敵の襲撃を一掃した後、気付けば身体を休める暇もなく戦い詰めていた旬であったが、流石に疲労が溜まってきていることを自覚し、次のゲートに行くまで又は次の敵が出現してくるまで間、仮眠を取ることにした。
 気配は察知できるが、できることなら短時間で回復を行いたい為、意識を深く沈ませたい。そうなれば、身近に誰かを置いていた方がより安全な為、影数体を外に出したまま、何かあれば直ぐに起こすようにと厳命する。
 傅く影を確認した後、旬は休むのに適当な場所を探すとそこに腰を下ろし、壁に背を預けて意識をゆっくりと手放したのであった。



 空に映る月は未だ変わらず。

 瓦礫の端で身を潜ませて座った状態で片膝をつき、額をそこにつけるように眠りについている旬の前に一筋の影。
 殺気など気配はなく、ただ意識のない旬を見下ろすようにその場で佇む。
 数瞬その場で動くことなく眠る旬を見ていたが、起きる気配がないと分かると更に数歩進み、目の前まで距離を縮める。
 それでも起きることがないのが分かると、その場にしゃがみ旬の頬にサラリとかかる一房の髪に触れようとする。

「その方に触れるな」

 しかし後数センチといったところで背後から一切の感情を押し殺した声がかかり、伸ばした指がピタリと止まる。
 振り返るとそこには漆黒の鎧に身を包んだ騎士然とした男が、鞘に収まった剣の柄に手を添えたまま、旬に触れようとした者より数歩後ろに立っていた。
 紅いプルームを長く伸ばした兜の下から覗く眼光は鋭く、旬に対して不埒な真似をしようものなら一瞬で切り刻むくらいの威圧感があった。
 「そこで何をしようとしていた」
 旬には聞こえることのない声だが、声量を抑えて詰問する姿は主への気遣いが窺える。しかし、その主の目の前にいる者に対しては、返答次第では同じ主の召喚する影だと言っても容赦するつもりはなかった。
 二人の間に緊迫した空気が漂う。
「ベル、答えろ」
 振り向いたところで何も答えようとしない男にもう一度詰問する。
 カシャンと鎧の金属が鳴りイグリットが相手の前に一歩進んだ時点で、口を噤んでいたベルから失笑が漏れる。
「何をしていただなんて、見ての通りだけど」
 取り繕うこともなく寧ろ挑発するような物言いにイグリットの歩みが一歩出たところでピタリと止まる。
「我が君は一度眠ると中々起きないタイプ?それとも僕たちのことを信用されてるのかな」
「……主は厳格なように見られるが、とても優しい方だ。我らに対しても信頼と気遣いを見せて下さる。そんな主の信頼を裏切るような者は主の侍従にはいない」
 暗に旬の意図せぬ事をするなと牽制してみせるが、言われた本人はイグリットの言葉など気にする様子もなく、再び旬に向き合い眠る面に指を伸ばす。
「貴様っ」
「もし我が君が気付かれたとしても僕が触れた事を咎めるような方でもないと思うけど?」
「主が咎められない事が許される事と同じだと思うな。尊き身に触れるなど身の程を弁えろ」
 旬の前でなければ剣を抜き、その喉元に突き付けることも厭わなかったが、もしも万が一にでも主に剣先が向き傷を負わせてしまうことがあってはならないと、寸でのところで踏み止まる。しかし最早無遠慮に旬の頬に触れようとするベルに今度こそ怒気を隠す事なく鋭く咎める。
 しかしそんなイグリットにもベルは意にも介さず嘲るように笑う。
「それってさ……アンタの本音は何処にあるんだ?本当に忠義心だけで言ってるのか。それとも───、」
 眠る旬にかかる髪を一房取る。
「僕には別の感情から言ってるようにしか聞こえないんだけど」
 横目でイグリットに視線を流し、見せつけるように愛おしげに唇を寄せる。
「アンタが本音を喋らないんだったら僕は遠慮しない。同じ土俵に立とうともしない奴に僕の大事な我が君は渡せない」
 俯いて眠っている旬の首筋にかかる髪を梳き、形の良い耳を顕にさせるとそのままゆっくりと旬の首筋に指を添わす。旬が起きる様子はない。
 自分とは違う温かな体温と血の流れる感覚が指に伝わってくる。
 ベルが今ここで僅かでも爪を立てれば簡単に皮膚を裂き、その下に流れる紅い体液が首筋を伝い、旬の纏う衣は真っ赤に染め上がることだろう。
 血に濡れる主はどんなに美しいか。
 想像するだけで自分にこんな倒錯的な感情があったとは思わず、知らずベルの指に力が入る。
 ツッと皮膚に爪が食い込みそうになったところで、物凄い勢いで腕を後ろに薙ぎ払われた。
 全く相手の動きに気付くことができず、ベルは反射的に振り替えるとそこには自分を射殺させんとするイグリットがいた。
 怖い程の殺気にも似たオーラにゾクリと背中を走る感情にベルの口角が上がる。
「主に少しでも傷を付けてみろ。命はないと思え」
 地を這うような声に双眸を細める。
「危害を加える? そんなことする訳ないじゃないか。僕はこんなにも我が君のことを崇拝しているのに。……本当に……愛おしくて……僕しか見えないようにしたくて堪らないよ……」
 イグリットに払われた腕を摩りながらも相手が此方の思惑にかかったことに感情の昂ぶりが抑えられない。
 ベルの旬を想う気持ちに嘘偽りはない。できることなら自分だけを見てほしいと思っている。
「アンタは我が君に触れたいと思わないのか。僕は触れたい。絶対的な忠誠を誓うのと同じくらいに彼の方に触れたい、自分のものにしたい気持ちも強くある」
 ベルが旬への想いを吐く度にイグリットの緊張が高まるのが分かる。
 何時もの冷静さを忘れたかのように自分に敵意を見せるイグリットの本音を暴きたい。アンタは自分が思っている程清廉じゃない、もっとドロドロとした感情がその身の闇に巣食っていると自覚させたかった。
「アンタはどう思ってるんだ」
 誤魔化しは許さない。
 挑発するような表情から一変、相手の嘘を射抜くように冷徹な視線をイグリットに向ける。
 互いに言葉を発せず、重い沈黙が降りる。
「私は…」
 先に口を開いたのはイグリットの方だった。
「影にして頂いた時から我が身の全ては主のもの。全ては主の御心のままに……私に感情など……あってはならない…っ」
 ただそれでも拳はきつく握りしめられ、何かに耐えるような絞り出す声。それは自身への諫言であり慟哭でもあった。
「何でそこまで自分を律する必要がある」
「お前は主が初めての主君であろう」
「それがどう言う───、」
「それが理由だ」
 これ以上は話すつもりはない。
 先程までの苛烈さは身を潜め、既にイグリットの纏う気配は何時もと変わらず静けさを取り戻していた。
 こうなってしまえばもう何も聞き出すことはできない。土俵に立たせようとしたが失敗に終わってしまった。
 悔しさを滲ませながらも最後に吐いたイグリットの言葉の意味に考えを巡らせる。
 自分とイグリットの違いといえば───。
「まさか、前に仕えていた主のことを未だに───? 痛っ」
「馬鹿なことを言ってる暇があるなら、アイアンと見張りを交代して来い」
 見当違いな答えを出そうとしたベルの頭を容赦なく叩く。過分に先の主への不逞を犯した罰も込めており、文句を言うベルを無視しさっさとその場から追い出す。これ以上ここで主の休息の邪魔をするわけにはいかなかった。
「絶対次はアンタに本音を言わせてみせるから!」
 蹴り飛ばされながらも諦めないベルに、呆れながらもその素直さが純粋に好ましいと思うイグリットであった。


 月は中天を漸く過ぎた頃。

 二人の声なき遣り取りを夢現で感じていた旬は、静寂が訪れたことにゆっくりと目を開ける。
 ベルの自己主張は相変わらずで、既に慣れてしまっていた。
 自分に触れてきた時は焦ったが、それよりもイグリットの怒気の方が驚いた。まさかベルが触れただけであそこまで怒りを纏うなど誰が想像できたか。
 その後の二人の会話は分からない。旬にはイグリットの言葉は未だ聞こえないし、ベルもそれに合わせてか何時ものように旬に分かる人語を喋ってはいなかった。
 俯せていた顔を上げると少し先に旬を見護るイグリットが佇んでいる。
 旬が起きたことに気付くとそっと近付き数歩先で跪く。
 今の彼には先程の雰囲気など微塵も感じさせない、何時ものイグリットがそこにいた。
 自分の前ではあんなに感情を表に出すことはない。ある意味ベルが羨ましく、無意識にイグリットに手を差し出していた。
 差し出されたは、掌が上に。
 それを意味することが果たしてイグリットに伝わったかどうか。


 未だ動かない影に旬の指が力なく揺れた─────。


**********
旬を巡ってイグリットとベルが言い合ってます。
自分の欲望に忠実なベルが本音を言わないイグリットにヤキモキしてる感じかな。
二人の口調は沖乃の妄想なので、苦手な方はご注意してください。
掌を差し出したのは前のイグ旬「月影に惑う」のキスの延長です。
この時はまだベルの一人称が分からない時だったので、勝手に呼ばせています。まさか拙者になるとは思いもよらなかったですね……。

初出:2020.05.16

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