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── 沖の屋
昔日ヲ憶フ
その時、彼の手が思いのほか優しく触れていたのが印象的だった。
大きな手のひらが薄く傷付きやすい子供の肌の上を。己が異形のものだと知っているから、怖がらせないように………………どこか慣れた手つきで。
人のような仕草が不思議だった。だから、というわけではなかったが、その理由を随分後に彼の口から聞いて腑に落ちた。
人間だったのだ。
自分と同じように温かな血が通い心を持った。
人が人生で辿る道程を彼もまた歩んだのだ。繊細な手つきで子供に触れることができたのも、その道程のどこかに子供と触れ合う時期があったのだ。
そのことは自分の胸にストンと落ちてきた。
謎が解けたような心地よさと、彼が同じ人間だった嬉しさ。
そして、切なさと────。
小さな命に触れたことで、どうか過去を思い出すことがないようにと、浅ましくも胸に湧いた感情にそっと蓋をした。
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