── 沖の屋
新年の誓約
除夜の鐘の音が遠くから聞こえる。
その音に閉じていた瞼をゆっくりと上げれば、そこは一面の闇。
視線を流して窓の外を見ても暗闇が広がるだけ。静々と夜が過ぎていた。
誰もいない自室のフローリングでうたた寝をしてしまっていたらしい。さっきまで読んでいた文庫サイズの本は、途中で開いたまま床の上に伏せて落ちている。どうやら読んでいる最中に寝落ちてしまったみたいだった。
床の上で無造作に寝ていた身体は凝り固まって硬くなっているだろうと思っていたが、そんなことはなく、それよりも頬に当たる床とは違う肌触りに、起き上がろうとした体勢をそのまま元に戻す。
そうすれば硬くも柔らかくもない不可思議な感触が肌の上を撫ぜていく。
背中にはいつの間にか己が普段使っている薄めのブランケットが掛けられ、その上から馴染みのある漆黒の外套に覆い包まれている。まるで抱き締めるように。
静寂の中、また一つ年の終わりを告げる鐘の音が鳴る。
闇に身を預けていれば、頬に触れる指の感触。
視線を上げれば、闇の中でも煌めく隻眼の瞳が自分を見下ろしている。
促されるままに起き上がれば、肩に掛かっていたブランケットがするりと落ちる。しかし、それを気にすることなく導かれる指を追い、その先にあるそれへとゆっくりと口付ける。
時間にして数秒。いつもとはどこか違う、神聖な気持ちで触れた唇は眠りの縁にあった意識を浮上させ、どちらともなく解いた時には、目の前にいる相手をはっきりと認識する。
鐘の音がまた静寂の中に広がる。
「年が明けたな」
年明けと共に、新年の挨拶と愛しい人への初めての言葉を音に乗せる。
「今年もお前のその剣で俺を護ってくれ」
愛してる。
紡いだ言葉と共にとろりと笑む旬の唇へ、誓約を結ぶようにイグリットの唇が再び降りてきた────。
初出:2022.01.01