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届かないもの

「アンタの男よりも満足させられると思うぜ」
 ニヤリと笑う、目の前には自分よりも一回りも二回りも屈強な男の姿。

 訪問先のホテルに勝手にズカズカとやってきた男、トーマス・アンドレは、此方の都合などどうでもいいとばかりにソファで寛いでいた旬を見つけると、脇目も降らず目の前までやってきた。背凭れに両手をつき、旬を逃さないようにとその間に囲う。
 別に避けるつもりはなかった為、そのままの状態で相手を見上げれば、旬が逃げないと分かったのか、ニヤリと笑うと今度は隣のソファにどっかりと図々しく腰を下ろしてきた。
 胡乱げな顔をする旬に構うことなく、勝手に話し出す相手に適当に相槌を打ちながら話を聞いていたところ、何の話の延長か、冒頭の台詞を言ってきたのだった。
「何言ってんだか」
 相手にしてられないとばかりに、あしらうようにヒラヒラと手を振る。そろそろ話をするのも飽きてきた。
 さっさと部屋から追い出そうと算段していたところ、上げた手首を掴まれ容赦ない力でソファに押し付けられる。
「何の真似だ」
 他人の手が無遠慮に自分に触れる不快感に自然と目付きが険しくなる。じわりと旬の周りに不機嫌なオーラが立ち込める。
「アンタを抱きたいって言ってんだよ。たまんねぇ腰しやがって。あの会場でどれだけその尻にぶち込んでやろうかと思ったことか」
 昨夜あった各国のハンターたちが集った会議。
 旬も日本代表として参加していたが、その時もこの男は我が物顔で自分の横に付いて回っていたことを思い出す。
 旬の細く尖った顎を太い指で掴み、男の方へと向かされる。獰猛に光る眼の奥には隠そうともしない欲が見える。
 「男がいることはアンタの匂いで分かる。他人を誘惑する淫猥な匂いだ」
 顔を近付け舌舐めずりをしてくる男に、しかし旬の心が動揺で動くことは一ミリもない。それよりも目の前にある顔に酷薄な笑みを浮かべ、掴まれた腕を無造作に払う。
「誰の男が俺を満足させないって?」
 そう言った瞬間、照明でできた足元に落ちる影から旬を覆うような闇黒の闇が広がる。一瞬後に背後から現れた影に旬を囲う男の手が払われ、二人の間に距離が空く。その間にも影から噴き出る紛れもない殺気に、思わず身構えた男に旬は更に笑みを深くする。
「コイツよりアンタの方が俺を満足させてくれるって?」
 旬を覆う影が徐々に人の形を形成し、その影に手を差し出したところで騎士の姿をした一人の男になる。
 差し出された手を恭しく掴んだ騎士は、そのまま旬の身体を自分の方へと抱き寄せる。男に見せ付けるように首に腰にと愛撫をするように指を添わしてくる。
 それにうっとりとした視線を投げた旬は、しかし目の前の男を見た途端に挑発的な表情に変わる。
「アンタじゃ俺は感じない。そのでかい指で俺に触れることさえできない」
 兜のヒンジを外し、兜の面に指を掛けると、下から覗くその口元に旬から唇を寄せる。
 開いた口から赤く熟れた舌が見える。隠微な音をさせ、相手の口内へ入り込もうと淫らな動きをするそれに男の目が益々ギラついていく。
「は……っ……」
 小さく発せられた旬の声音に男の欲が刺激される。
 無防備に投げ出された旬の足に手を伸ばし、その足首を取ろうとした。
「っ……!」
 と、寸でのところで触れようとした手を引っ込める。その直後、旬の足先と男の間に一本の大剣が突き刺さる。少しでも反応が遅ければ手首が切り落とされていたところだ。
 正面を見れば、旬を抱いたまま右手で持った大剣を振り下ろしたままの状態でいる黒い騎士が男を睨みつけていた。
「へぇ」
 影が向ける旬への執着と男への心火に、抑えていた嗜虐心が腹の底から這い出てくる。
「やっぱりアンタは最高だぜ」
 今度こそ剥き出しの欲望を旬に向け、掴み損ねた足首を捕らえ抱え上げる。
「俺のものにならないのなら奪うまでだ」
 「ぅ……っ!」
 掴まれた足に痛みが走る。痛む場所に視線を向ければ、くっきりと残った噛み痕が見えた。
「アンタを満足させられない?そういうことは俺に犯された後でも言えるもんなら言ってみな」
 そう言うと、旬のボトムに指を掛け、荒々しく布地を引き裂いた。男の目の前に旬の無駄のない引き締まった象牙色の肌が晒される。
「そいつとどっちがイイか自分の身体で感じな」
 その肌に指を食い込ませると、男はそのままもう片方の足も抱え、下腹部の中心へと身を沈めていった。
 旬からの抵抗はない。
 その代わり旬を抱く影からは壮絶な殺気が噴き出す。爪が食い込む程に大剣を握り締める指に力を込める。しかし旬が命を下さない限り、影が男の息を止めることはない。
 独占欲と嫉妬に駆られた、抑えようのない影の感情。
 それを身を持って受け止めれば、旬の身体にゾクゾクとした快感が走り抜ける。身体の奥が疼いてくる。
「ああ……本気にさせるには、アンタが適任かもしれないな」
 何の、とは言わない。
 頭上を見上げれば、愛しい漆黒の影が愛憎を帯びた瞳で射抜いてくる。
「あ……はぁ……っ」
 下腹部から上がるじっとりとした感覚に思わず声が出れば、射抜く双眸が更に剣呑な光を宿す。
 悦楽に口元に笑みが浮かぶ。もっと自分を求めろと。
 伸ばした手で影の頭部を引き寄せると、そのまま噛み付くようにキスをした。

 二人分の重みを支えたソファの軋む音が、闇に覆われた隠微な空間に酷く響いた────。


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流行に乗ってトマ旬を書いてみようかと思って、全く別物になった代物です。結局イグ旬です。
他の方のトーマスは旬にベタ惚れで何だかんだでラブラブな雰囲気なんですが、あれ? ウチのってちょっと大分浮いてるんじゃなかろうかと不安いっぱいです。
略奪愛っぽい感じかと思えばそうでもないし、色々中途半端でスミマセン。
ウチの旬のベクトルはイグリットにしか向いてませんので(イグ旬の時は)トーマスの入る余地は全くないんですよね。旬にちょっかい出しにいくけど軽くあしらわれるという……。まあ、今回こんな感じですが、ちゃんとした(?)トーマスなら旬もここまで横柄な態度を取ることはないです。

初出:2021.06.09

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