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囚われの……【前編】

※シーズン2のネタバレがあります(125話〜130話辺り)。ネタバレNGの方はブラウザバックでお戻り下さい。


「お前に興味が沸いた」
 静まり返った神殿内に響く声は、さっきまでの無機質な雰囲気から一転し、獲物を狙う肉食獣のような獰猛で蠱惑的な音色を奏でた。

 ピロンッ
 “常時バフを制限します”
 “プレイヤースキルを制限します”

 この場所にそぐわない軽快な電子音の後に馴染みのあるウインドウパネルが表示される。
「お前に付加しているものは少々厄介だからね、制限をかけさせてもらったよ」
「……どういうつもりだ」
 設計者の意図が分からず、更に警戒心を募らせる。
 試しに影のスキルを使ってみるが先の戦闘時と同じように応える者はない。
 それならばと、設計者によって先程から旬に伸し掛かり両腕を頭の上で一括りにされている状態から逃れる為に支配者の手からアップした権能を発動させるも、そちらも全く反応がなかった。
「無駄だよ。この空間は謂わば私の拠点のようなもの。侵入者に対して何の方策もしていないわけがないじゃないか」
 ピロンッ、とまた電子音が鳴り、メッセージが表示される。

 “レベルをリセットできます。リセットするセーブ地点を選択して下さい”

 現れたメッセージに瞠目する。
 レベルをリセットされる。しかもどの時点かと選択を迫られている。
 理不尽なメッセージが続けて流れてくることに流石に違和感を覚え、すぐさま旬は目の前の天使を模した人物を見上げ睨みつける。すると旬がそうすることを予め予想していたように相手はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「結局お前はプログラムされたこの世界のプレイヤーでしかない。だからシステムは勿論、それを設計した私には勝つことはできないんだよ」
 設計者の一声で制限が更新され旬の身体は身動きできなくなる。
 拘束する指が旬の手首から離れていっても腕はそのまま固まったように動かない。
「まあでも、完成されたシステムにあまり干渉すると後々色んなところで支障が出てくるから、保って半時間くらいしか制限できないんだけどね」
 それ以上は気付かれてしまうから。
 最後の方は旬には理解できないことを呟く。一体誰に気付かれるというのだろうか。
「勝負は俺が勝った。この状況は約束に反するんじゃないか」
「ああ、だから心の臓は止めてないだろう。試練は勿論見事クリアしたよ。ただ、これは試練とは別」
 そう言った設計者は動くことのできない旬の身体に自身の指を這わす。途端にゾワリと肌が粟立つ感覚が旬の身体を駆け巡った。
「触るなっ!」
 反射的に叫び、その指は撥ねつけようとするが身体は見えない何かに拘束されたままで身動き一つできなかった。
「興味が沸いたって言っただろう。システムを設計した私の予想を遥かに上回っているお前の強さ。その強さはどこから来たんだ?」
 旬の反発など気にも止めず、確認するように身体のあちこちに指を這わす。
「どの時点まで戻って調べていくのがいいのか。レベル100か? 50? 転職時に何かあったのかもしれない。それともいっそ最初のプレイヤーになるところまで戻ってみるか?」
 触診をするような触れ方は性的な色を含むことはなかったが、無防備に晒された身体を不躾な指が遠慮もなく触れていく感覚に不快感が増していく。
「ああ、でも初期まで戻ってしまったら折角綺麗に修復したところが元に戻ってしまうな」
 アイツらは容赦がないから、中々に悲惨な痕だったよ。
 何を言われているのか一瞬ピンと来なかった旬だったが、次に設計者の指が自分の右肩と右脚を指差してきたことで一気に思い出した。
 一番始め、全ての始まり。
 そう、初めてこの場所で起こった出来事。
「おや? 思い出してしまったか? お前のここの傷は中々酷いものだったよ。石で潰され、斬られ。痕を残さず修復するのには少々プログラムを組むのに手間がかかったが、その分出来映えには満足している」
「っ……!」
 設計者が傷のあった場所に触れる。途端、旬の身体に痺れるように電気が走る。
「な、に?」
 今まで自分で触れた時は何も感じることがなかった場所が、何故今になって痺れが走ったのか旬には理解できなかった。
 しかもその痺れる痛みの後からじんわりと、感じたことのない疼きが傷があったところから広がっていくから更に戸惑いを隠せないでいる。
「俺の身体に何をした……っ」
「? まだ何もしていないが? ……ふむ……、常時バフ効果に制限をかけたことによって初期プログラムに支障が出てきているのかもしれないな」
 二重ダンジョンで負った傷はプレイヤーになる前のものだ。プレイヤーになったことでバフ効果により切断された脚も大きく抉れた右肩の傷も元に戻ったのだ。そのバフ効果に制限をかけるプログラムを走らせた為に修復された身体に異常が出てきているのかもしれないと言う。
 身体が初期に戻る。
 時限的なものだと設計者は言うがそれを鵜呑みにしてもいいものなのか。もしもEランクに逆行し、元に戻らなくなってしまったら自分は一体どうなってしまうのか。
 急激な不安が押し寄せ、心臓の鼓動が嫌な風に速くなる。
 負った傷が再び身体に現れるよりも今まで培ってきたものが一瞬で崩れ去ってしまう不安の方が大きかった。何よりも初期状態まで遡ることで、覚えたスキルが消えてしまうかもしれない。今は制限により召喚できないでいる影たちをもう喚ぶことができなくなってしまうのか。
 旬の脳裏に真紅の筋が一線揺蕩う。
「戻せっ」
 二度と喚びだせなくなる。そう思った瞬間、自分でも信じられないくらい抵抗する力が沸いた。だが逆にその行為が一層設計者の興を煽る要因にもなった。
「へえ……、レベルがリセットされるよりも影を召喚できなくなる方が嫌なのか。自分よりも弱い召喚獣がそんなに大事なのか?」
 拘束されている腕に力を入れて何とかこの状況から逃れようとする旬を面白そうに眺める。設計者の顔には抑えきれない嗜虐と愉悦の表情が浮かぶ。
「それもお前の強さの秘密に関係するのか?色々な視点から調べる必要があるのかもしれないな。そうなると半時間の制限内では厳しいかもしれない」
 そう言うや否や抵抗する旬に向かってパチリと指を鳴らす。

 ピロン
 “レベルをリセットするセーブ地点が選択されました”
 “プレイヤー初期まで遡ります”

 ウインドウが現れると共に旬の身体に異変が起きる。
 内面から滲む魔力が格段に落ちたことは元より、外見に変化は見られないが先程とは比べものにならないくらい身体に力が入らなくなった。
 そして何より設計者の言っていたプログラムの異常が身体に現れ出した。
「うっあぁっ……っ……」
 右肩と右足に猛烈な熱さを感じる。
 まさかと思い、旬は痛みで歪む視界を開き、熱を感じる場所に視線を移す。しかし、そこは危惧したような切断された脚や抉れた傷口はなく、今までと変わらないどこにも傷のない己の身体しか確認できなかった。
「成程、ステータス値のみが初期に戻ったか。だが、これはやはりプログラムのエラーか?」
 旬の熱の籠る場所を無遠慮に掴む。
「く……っ……」
 途端に触れられた場所から電気が走り、熱さと痛みの後に疼くような熱が続く。
「さ、わるな……っ」
 動かない身体に苛立ちが募る。
 魔力を放出して呪縛から逃れようと試みるが、ステータスが初期値にリセットされた身体ではどうすることもできなかった。
 その間にも設計者の手は旬の身体を調べていく。
「痛みが現れるのは初期に修復した場所だけか。ならば問題ないな」
 そう言うと旬の纏う上衣に手をかけ徐ろに引き裂いていく。露わになった上半身の中心に躊躇うことなく手を置くと設計者の目の前に無数のウインドウが表示された。
「お前の強さの理由。私の目を掻い潜ったプログラムがどこかに潜んでいる筈だ。時間があまりないから、お前の身体から直接調べることにするよ」
 馴染みのある青いパネルには旬が解読できない文字の羅列が目では負えない程の速さで流れていく。
 それを設計者は時々止めては別のウインドウで何かを操作する。何をしているかはわからないが、操作をする度に旬の身体に鋭い電気が縦横無尽に流れていく。
 ビクリと痙攣する旬に設計者の酷薄な笑みが浮かぶ。
「このくらいの刺激は最初に負ったあの痛みに比べれば大したことはないだろう?」
 睨む旬の眼光にも怯むことなく、設計者はウインドウを操作していく。
「でもまあ、折角調べるのであれば痛覚だけを与えずとも他の感覚を与えた時の反応を調べるのも一興かもしれないな」
 別にお前を痛めつけたいわけじゃないからね。
 一転して優しく紡がれる声に、しかし旬は今までよりも一層危機感を募らせる。
 どうにかしてこの状況から逃れなければ、きっと取り返しのつかないことになってしまう予感がしてならない。
「プログラムで痛覚を別の感覚に置き換えてみるか? それとも──、」
 ウインドウを操作していた指を止め、視線を旬に向ける。設計者と目が合った瞬間、ザッと全身の毛が総毛だった。
 心臓の上に置かれていた手が別の目的を持って旬の身体の上を這っていく。
「っ……!」
 右肩に指が触れ、痺れる痛みと熱さに身体が跳ねる。そんな旬を見下ろしながら、それとは別に反対側の指がある場所を意図した動きで触れる。すると痛みとは違う得体の知れない感覚がその場所から湧き上がり、咄嗟に上がりそうになった声を唇を噛んで飲み込む。しかし設計者には勘付かれてしまい、旬の瞳に合わされていた目が妖しく光るのが分かった。
 脳内に警鐘が鳴り響く。
「プログラムを書き換えるよりも此方の方が面白そうだ」
 一旦旬から指を離し、コマンドを書き加えようとしていていた手を止める。複数のウインドウ画面を一瞬で確認していくと、その中から幾つかのパネルを無造作に消していく。
「クエストプログラムの中には可笑しなところは見当たらないみたいだから、やはり育成プログラムに何か仕込まれているのか?」
 再び旬の方へ向き直り全身を隈なく見ていく。
 何かを確認するじっとりとした舐めるような視線に緊張が走る。
「システムを構築するにあたり、人体の構造も一通りは調べてみた。感覚神経に関してもね。体性感覚,内臓感覚,特殊感覚。その中で人間は痛みよりも快感に弱いということも分かった」
 傷のあった肩口をゆるゆると触れていた指を徐々に下へと移動させていく。設計者の指を通して目の前のウインドウには旬に組み込まれているプログラムが表示される。意図してなのか、設計者は今度はその一つ一つにコマンドを返していく。
 その度に旬の身体に電気が走る。
 ただ、先程と違うのは移動させた指が目的を持って旬の身体を爪弾いていくことだ。
「痛みと快感は紙一重って言うらしいじゃないか。お前の身体もそうなのかな」
 面白そうだから試させてもらうよ。
 そう言う設計者の声音は興味深げな色が滲み出ていたが、それとは裏腹に表情には抑えきれない加虐的な笑みが浮かんでいた。
「さあ、お前の持つものを全て見せてもらおう」
 ツイ、と旬の頬を冷たい指が撫でていく。
 指の辿った跡には赤い筋が一筋流れていき、重力に委ねられた滴が幾何学的な石畳の上に静かに落ちた。
 その瞬間、どこかで大気の裂ける音がしたが、旬の耳にはまだ届いていなかった────。


**********
ネタバレっていうかな?
125話〜130話辺りのif話です。
もし勝敗が決まって全てを知った旬の元に彼らが来なくて、システムって何でもアリだったらって妄想です。
これでいくと常時バフも全て無効化できるじゃん! って一人浮かれてましたが、それをするにはアノ人の存在も必要不可欠だということもあって悩ましいです。
でもコミカルな話の時には使えるネタかもしれないですね。
前編なので後編あります。
後編は王子様が現れますよ。

初出:2021.01.14

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