── 沖の屋
先行上映より/アニメ2期13話ー幕間ー
ベリオンには自身の右に。ベルには左に立てばいいと伝えたところで、背後からいまだ耳慣れない低く腹に響く声がかけられ、反射的に自身の後ろに立つようにと応えてしまった。咄嗟だったとはいえ、考える間もなく彼が自分の後ろに立つことは当然であり迷うことではないと思えたのは何故なのだろう。
そう思い少し思案に耽れば、そのきっかけとなった出来事が思い出された。
あれはもう何ヶ月も前、影の兵士を初めて手に入れた後、レッドゲートへと変化したゲート内でのこと。
腕試しのため、雪中の森でアイスベアを相手にしていた。この時が影の兵士たちの初陣でもあった。
初めて使用するスキル。
彼らがどのくらいの強さなのか。マナをどのくらいの速度で消費するのか。
分からないことだらけの中、保管していた影たちを全て表へと喚び出し、アイスベアとの戦闘を観察した。
純粋に数値として彼らの強さを観たかったのだ。だから彼らと一線を引くイグリットの力をその中に入れたくはなかった。イグリットの強さならアイスベアを一掃することなど造作もないことだから。
〝待て〟とだけ伝え、戦闘開始と共に戦場からイグリットを遠ざける。どこで待てとも、待つ間に何をさせるでもなく。この時はまだ、影に個があることも感情があることも分かっていなかった。何故なら、今まで見てきた召喚スキルを持つハンターの召喚獣は無機質に動くことしかしていなかったから。
だから〝待て〟の言葉も何かを考えて言ったものではなかった。単純に戦闘に加わるなといった意味合いで、それ以外の理由なんてない。だから兵士たちとアイスベアとの戦闘に集中して、イグリットの位置を気にもしていなかった。
戦果は上々だった。
転職クエスト時にも感じたところだが、兵士たちは基本的な連携はできるようだ。アイスベア一頭につき複数の兵士で挑む。その後ろから魔法兵が援護するといった感じだ。初歩的ではあるが、むやみやたらに剣を振り回すわけではないことに、もしかしたら騎士団長であったイグリットが統率を取っていたのかもしれないと考えが頭をよぎる。
そんなことを考えていたら洞窟内から今までのアイスベアとは比べ物にならない大きさのアイスベアが現れる。巨躯に似合った剛腕に兵士たちが倒され一瞬でマナ値がゼロになる。
影が召喚できなくなったところで、ようやくイグリットの名を呼んだ。
「イグリット」
影の気配が動く。
今までそこにいることを感じさせないくらい静を持していた彼が背後から己の横を通り過ぎ視界の前に現れる。
他の兵士たちとは格が違った。
生前の名に騎士団長と示されていたに相応しい貫禄。
その評価は彼の戦いぶりを見ていても変わることはなかった。
流れるような剣捌きと無駄のない動きは、さながら剣舞を錯覚させる程に優美だった。
戦いとも言えぬ一方的な勝利に満足と共にいまだ己の力がイグリットには及ばないことを痛感する。
「ご苦労だった」
労いの言葉とは裏腹に己の指標が何かを定めた時でもあった。
忠実に動く声なき影。
彼に失望されることがないように、彼の主君に相応しくなるようにと────。
背後を守る馴染みのある気配に気付き、沈んでいた思考を浮上させる。ベルとベリオンは既に他の影たちと合流し、互いの力を比べ合っていた。
しかし、後ろに控える影は微動だにしない。
そこが己の定位置だと言わんばかりに違和感なく自然と佇んでいる。
「最初からお前の位置は決まっている」
二人に挑戦する必要などない。
静かにそう伝えれば、それまで動くことのなかった気配が少しだけ揺らめいた気がした。
だから応えるために後ろへと振り向く。
「誰にも守らせるつもりはない」
頭一つ分以上上にある、己を見下ろしてくる隻眼に視線を合わせれば、傷のない瞳の奥に熱が灯った気がした。
「俺を守ってくれ」
イグリットとの縁を結んだ忘れることのない言葉を紡ぐ。
あの時と同じように手を出せば、躊躇うことなくその手を取られる。
「この身に代えましても」
低く響く声に続き、取られた手の甲に兜越しのキスが落ちてくる。
同じであって同じではない。
あの時よりも深くなった縁が触れ合った指先の熱となり、二人の間で交わりひとつになっていくのを感じた。
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初日に観に行ってきました!
大画面で観る映像と音楽に感動しているところに、レッドゲートでのシーンを観てしまっては、私の心臓が持ちませんでした。
家路についてからもずっとこのシーンが頭から離れず、居ても立っても居られなくなって、どうにか自分の感情を落ち着かせるために書きました。
原作でもイグリットの立ち位置は常に旬の後ろであり、旬にもそう言われてて。そんな中で今回のアニメのシーンを見せられてしまったら、最初からイグリットは旬の背中を守る存在なんだと思わずにはいられないですよね!
今後のアニメもイグリットが登場するたびにどの位置にいるのかを確認しちゃいそうです。