── 沖の屋
キャンプ
パチパチと薪の爆ぜる音が木々に囲まれた夜の森の中に静かに浸み込んでいく。
紅い炎が自由気ままに燃え上がる様を見るとはなしに眺めていると、時間が経つのも気付かぬうちに既に夜も半ばを過ぎていた。
秋に入ったばかりではあったが夜は昼の残暑が嘘のように気温が下がり、長袖の上着がなければ焚き火があったとしても肌寒く感じる程であった。
「っ」
木々の間を夜風が通り過ぎ、旬の肌を撫ぜていく。本人の意思とは関係なく、皮膚の上が泡立つのを手のひらで摩ることで和らげていると、身体に当たる風の勢いが急に弱まるのを感じた。と、同時に背後から包み込むように自分とは違う逞しい腕が回され、大きな手のひらが泡立つ腕を暖めてくる。だけどその手は人にはある体温がない。
それでも旬には誰よりも暖かく熱く感じる。
そして唯一安心して身を預けることのできる腕の中。
『そろそろ中でお休みになられた方がよいのでは』
旬の身体が冷え切っていることに眉根を寄せて進言してくる声が、夜の闇に溶けていくのが心地良い。でもそんなことを言えば、きっと更に眉間の皺が深く刻まれるであろうことが想像できるから、心の中でそっと留めておく。
「今夜は星が綺麗だから」
言わない言葉の代わりにもう少しだけここにいることを伝えると、身体を包む腕がもっと密着されたような気がして、旬からもその腕に身体を預けていく。
「あの頃も今も、そしてこの先もこの星空だけは変わることはないのだろうな」
見上げた視線の先には幾多の星が夜の闇を輝かしている。それを懐かしむように眺めていれば、少しだけ非難するような気配が背後からする。
『変わらないものならここにもございます』
旬の言葉に珍しく反論する声が返される。だがそれも旬の中では想定内のこと。
「どこに?」
夜空へと向けていた視線を背後へと流せば、視界には夜よりも深い闇色が広がり、星よりも強く輝く隻眼が旬を射抜いてくる。
自分だけを見つめるその瞳に高揚感が身体中に広がるのが堪らなくて、挑発するような言葉を吐けば、相手も旬の言いたいことなんてお見通しだと言わんばかりに微笑んでくる。
『ここに』
言葉と同時に近付く隻眼。
顎にそっと指が触れるのと、唇の上に柔らかな感触が落とされるのをゆっくりと瞼を閉じていきながら感じる。
パチッ。
薪の爆ぜる音と細かな火の粉が小さく舞う。
ゆらりと動いた影が焚き火の炎に映され、いつまでも分つことなくゆらゆらと揺蕩っていた────。
初出:2022.09.25