── 沖の屋
date d'anniversaire
本当は誰にも会わずに一日中二人で部屋に閉じ籠って、甘え甘やかされて過ごしたい。
朝、目を覚ました瞬間から夜、目を閉じて夢の世界へ入るまで、ずっと彼だけを瞳の奥で見つめ続けていたかった。
だけど自分たちがいるこの場所はそんなことが許される世界ではなかった。
まだ今の自分たちの立ち位置のままでは─────。
夜も更け、漸くアイドルという職業から解放されたE*Sの二人は、マネージャーに送られて自宅へと戻ってくることができた。
今日のライブはいつもと違う特別なライブ。
E*S二人の誕生日を祝ったバースデーライブ。その為、いつもより観客からのコールも熱が入り、予定時間を過ぎての終了であったり、その後スタッフからお祝いと称した打ち上げに誘われたりと、漸く帰路につくことができたのが日付が変わる二時間ちょっと前。専用のエレベータを使い、扉を開けるのももどかしいと、エレベーターから近いしゅんの部屋の玄関扉を開ければ、扉が閉じられる前に互いの唇を荒々しく塞ぎ舌を絡めた。
深夜の静まった通路に扉の閉まる音が大きく響くがそれを気にする余裕もないし、そもそもこの階は二人の部屋しかない為、音が響こうが気にする必要はなかった。
閉じた扉に旬の背中を押し付け、下から覗きこむようにしゅんの唇が塞いでくる。身長は数センチだけ旬の方が高かったが、下から官能を引き出すように舌が蠢き、塞がれる唇に翻弄され、既に旬は膝に力が入らなくなっていた。
「しゅ、んっ…っ」
口蓋を舌で擦られ、肩が震えたと同時に力の入らなくなった膝が頽れる。しかし、それをしゅんの脚が間に入ることで、地面に座り込むことを拒まれる。
両手のひらは捕らえるように扉に縫い留められ、股の間にしゅんの大腿が入り込む。力の入らない身体をしゅんの腿が支えてくるが、意図するように旬の下肢に腿を擦り付けられ、キスだけで反応し始めたものがズクリと更に兆してしまう。
太腿で何度も擦られ、どんどんとボトムの前部分が窮屈になってくるのに羞恥心が湧いてくる。
「旬…」
少し掠れ濡れたようなしゅんの声に名前を呼ばれ、下から覗き込んでくる顔を見下ろすのと、一際強く腿に下肢を擦り付けられるのとが同時になる。
「やぁ…あ…っ」
自分よりもずっと可愛らしい容姿のしゅんが欲を隠すことなく見つめる瞳に充てられ、完全に脚に力が入らなくなる。
それなのにしゅんの強い力で押さえ付けられた身体は扉に縫い留められたままで、もっと深く長く舌を絡まれてしまう。
頭の芯が逆上せたように痺れ、目の前のしゅんのことしか見えなくなれば、後はもう求め合うだけ求め、その場で互いの熱が冷めるまで何度もその熱を交わしたのだった─────。
「恥ずかしい……」
あれから幾度も重ねた熱を漸く冷ました二人は、今は寝室に置かれたキングサイズのフロアベッドの上にいる。ライブで掻いた汗と先程の熱で掻いた汗をシャワーで洗い流し、互いの部屋に置いてある部屋着に着替え、ほっと落ち着いたところだった。
ポツリと呟いた旬の声は勿論しゅんの耳にも届いており、心配そうに顔を覗き込まれる。その表情は先程とは打って変わった綺羅綺羅しいと形容するにぴったりの王子様としての表情で、そのギャップにさえも旬は更に顔を覆ってしまう。
近くにあったクッションに顔を埋もらせて、しゅんから顔を隠していると、そのクッションを取り上げられてしまう。
「妬けちゃうから、おれがいる時はおれ以外のものに抱き付いちゃヤダ」
むうっ、と幼く拗ねた顔を見せる相手が、さっきまで自分を翻弄していた相手と同一人物だなんて今でも信じられなくて、でも紛れもない事実で、これからもそうなんだと思うとやっぱり恥ずかしいのと嬉しいのと、感情が乱気流を起こして顔が真っ赤になるのを抑えることができずにいた。
じっと見つめられて、羞恥で滲みそうになる目尻の涙を目敏く見つけたしゅんが唇を寄せて、そこへキスを落としてくる。
「可愛い旬。そんな顔はおれの前でしか見せちゃダメだよ」
唇がそのまま瞼へ頬へ鼻先へとふんわりと綿毛のようなタッチで優しく触れてくる。
「そんなの……しゅんの前でしか見せないよ」
頬から降りてきた唇が口端に触れてくる。
ベッドの上で向き合ったまま、互いの指を絡めて握り締め、瞼を閉じて二人してキスをする。
小さくリップ音をさせて、少し尖らせた唇に互いの唇がくっ付いては離れ、離れてはくっ付いてを繰り返す。
チュ…チュィ……。
柔らかな照明が灯る部屋の中で可愛らしいキスの音だけが鳴る。
「旬…渡したいものがあるんだ」
そんなことを何度か繰り返していると、キスの合間に鼻先をくっ付けた状態でしゅんが呟いてくる。勿論それが旬の誕生日への贈り物だということは聞くまでもなく、その言葉に旬も同じく言葉を紡ぐ。
「俺もしゅんに渡したいものがあるよ」
今日の為にしゅんには内緒で準備した贈り物。しかしそれはしゅんも同じで。だから二人して相手が何を贈ってくれるのか知らない。
「同時に渡そうか」
「うん」
どちらもが大事なものだからと、ずっと肌身離さず持っていたもの。
手元に取り出して相手の目の前に差し出したものは、驚く程によく似た形をしていた。
しゅんが差し出したのは深い藍色をしたラッピング紙に黒のサテン生地のリボンが掛かった小さな立方体の箱。
旬が差し出したのは、黒色をしたラッピング紙に紫色のサテン生地のリボンが掛かった、同じく小さな立方体の箱。
同時に受け取り、ゆっくりとリボンを外して包みを開けてみば、中にあるものも同じもの。違うはデザインのみ。
「実はオレたち本当は双子なんじゃないかな」
あまりにも考えていることが同じ過ぎて、思わず苦笑が顔に出てしまう。
好みや思考、今何を考えているのかも分かるし、どちらかに何かあった時は身体が相手を探して反応する。初めて合わせる曲でも完璧に歌もダンスも合わせられる。双子と言うよりも一人の人間が二人に分かれてしまったような感覚だった。
「前世は一人だったのかもしれないな」
呟く旬の声は穏やかで、ケースに綺麗に収まったそれをそっと取り出す。しゅんも同じように取り出せば手に取ったそれを何も言わずに互いに交換する。
「嵌める指は?」
「そんなの決まってるだろ?」
そう言って二人同時に出した手は左手で。
しゅんが先に旬の薬指に。
その後に続いて旬がしゅんの薬指に。
細く繊細なリングがそれぞれの指に嵌められる。
「「旬(しゅん)誕生日、おめでとう」」
見つめ合いながら、互いの誕生日を祝う言葉を紡げば、その後に続くは自然と寄せ合う優しいキス。
官能を呼び寄せるようなキスではなく、静かで穏やかなキス。
数拍の後、解いたキスを名残惜しく思いながらも、伏せていた瞼を上げて、再び相手の顔を見つめ合った。
「おんなじこと考えてたってことは、このリングはペアリングだよね」
「そうだな。俺のはここにある。しゅんも?」
「うん、おれもあるよ」
部屋着のポケットから取り出した自分用のリングを互いに見せ合う。
「一緒に着ける?」
「元々、ペアリングで着けようと思っていたから、一緒に着けたいかな」
左手の薬指に嵌めたリングの上から自分が持っているリングを嵌める。選んだデザインは違っているのに、並んだ姿は違和感なく薬指にしっくりと嵌っていた。
「オシゴト中は外さないといけないけど、ずっと肌身離さず一緒だよ」
「本当はずっと着けておきたいんだけどな」
でも夢を売る仕事をしている以上、自分たちだけで勝手なことはできない。
一番大事はお互いだけど、ファンや事務所のことも大事だと思っている。そんな彼女たちの夢を壊すようなことは今はまだできる筈がなかった。
「いつか旬とのことを話せたらいいな」
「できるさ。でもその為には誰にも文句を言わせないくらい実力をつけないと」
自分が傷付くだけならなんでもない。だけど相手が傷付き悲しむ姿は見たくないし、どんなことがあってもそんなことにはさせたくない。
強い意志を瞳に宿した旬を眩しいものを見るように目を細めたしゅんは、そのまま目の前の身体を抱き締めベッドに転がる。
「わっ…」
「どうしよう……旬がめちゃくちゃ格好良い」
旬の上に乗り上げ、ぐりぐりと可愛らしく頭を擦り付ける。
「しゅん、くすぐったいよ」
しゅんの幼い仕草に笑いながらも背中をあやすように叩けば、抱き締められたままほんのりと頬に朱を刷いたしゅんの顔が下から見上げてくる。
「旬、大好きだよ」
「ああ、俺も大好きだ」
視線を合わせて囁く言葉と共にまた優しいキスが降りてくる。
柔らかなリネンの肌触りと唇から伝わるしゅんがくれる温かな感情。
握り合った指がシーツに縫い留められ、そのキスが段々と深くなってくることに幸せを感じながら、二人して開いていた瞼をそっと閉じていく。
カチリ───。
部屋の隅に置いてあった時計の針が次の時を刻み、二人が生まれたその日が静かに過ぎていった─────。
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Twitterフォロワー様のお誕生日に送り付けたもの。
初出2021.11.17