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お年玉企画 ー 其の壱 ー

 キラキラと輝くライト。
 それを受けて同じくキラキラと光るステージを舞う美しい衣装たち。
 その場を幻想の世界へと誘う歌声が現実を忘れさせていく。

 映像機から流れてくるデジタル変換された音声でありながらも、聴く者を魅了する声に道行く者全てが振り返り、一時足を止める。
 映し出されたのは、現在大ブレイク中の人気アイドルユニットの広告映像。少し前に開催されたライブのミュージックビデオが近々発売されるとのことで、連日メディアを賑わせている。
 数秒の映像が流れ終わり次の映像へと替われば、足を止めていた人々は再び目的地へと向かって行く。
 そんな中、映像が終わった後もじっとそのスクリーンを凝視する瞳が一対。
「…あれって……」
 呟く声は雑踏に掻き消え、道を急ぐ人々は気にかけることなく通り過ぎていった。



「おはようございます」
 今日これから収録が始まるスタジオに伸びやかに通るテノールの声が響く。その声に準備作業をしていたスタッフらが振り返れば、思った通りの人物がスタジオの入り口から入って来ているところだった。当然のことながら、スタッフは作業をしていたとしても皆その場で挨拶を返していく。それに薄っすらと笑みを口元に乗せたその人は、軽く会釈をするとプロデューサーの元へと彼のマネージャーを共だって歩んでいく。
 その後ろ姿を女性スタッフは勿論のこと、男性スタッフさえ視線で追っていることは本人は知らぬこと。
 皆が何となく浮き足立って作業を再開している間を縫ってその人、E*Sの旬がプロデューサーに挨拶をする。 
「今日はお手柔らかにお願いしますね」
 プロデューサーが冗談混じりに旬へと挨拶をすれば、旬も苦笑しながらも言葉を返す。
「それは僕の台詞ですよ。しゅんと違って話すのは得意じゃないので、あまり突っ込んだことは聞かないで下さいね」
「いやいやあ、今をときめくE*Sの二人が久し振りにカメラの前に出てくれるんだから、二人のマル秘情報頂いちゃうよ」
「本当にお手柔らかにお願いします」
 困り顔でプロデューサーに笑いかければ、周りの方がどよめき出す。それに気付いたプロデューサーが感心するように苦笑する。
 今日は、某バラエティー番組の収録である。E*Sはアイドルユニットではあったが、メディア露出は殆どしなことで有名だった。そんなE*Sが珍しくテレビ出演するということでファンの間では勿論のこと、スタジオスタッフも大変な騒ぎになっていた。しかしそこはプロであり、出演者の前では素知らぬ顔で自分たちの仕事を淡々とこなしている。
「しゅん君とは今日は別々?」
「しゅんは午前中別の撮影が入ってますので、それが終わってから来ます」
 そんな話をプロデューサーとしていると二人の間に軽やかな声がかかる。何事かと思い旬が振り返ると、そこには見知らぬ女性がにこやかに立っていた。旬はプロデューサー宛ての人だと思い、その場を離れようとする。しかし女性はスッと旬の前に立つと断りもなく腕に指で触れてくる。
「こんなところで会えるなんて思わなかったわ。あの時と全然変わっちゃってるんだもん、最初水篠君だって分からなかった」
 ドクン、と心臓が一鳴りする。
 この世界では旬は“旬”で通っている。自分の苗字を知っている者は限られていて、それは旬が知っている人たちだけだった。それが自分の知らない人間が自分の苗字を知っているということは、この世界以外、学生時代に出会った人物なのかもしれない。
「俺は貴方のことを知らない」
 無遠慮に自分に触れてくる女に不快感を示すが、女はそんなことは気にしていないようで、触れる手をそのままに旬に尚も話しかけてくる。
「今日の収録って出演者に自分の裏話を暴露してもらう番組でしょ?水篠君とのこと話したら吃驚されちゃうかな?でもいいよね?子供の頃の話だもん。今なら笑い話で済んじゃうだろうから、あの頃の話を一緒にしようね」
 旬が何も言わないのをいいことに、勝手にあれこれと話しかけてくる。旬としては本当に何処の誰だか分からない人物からペラペラと話しかけられて、次第に機嫌が下がっていくの自覚する。不躾な人間に取り繕うつもりもなく、くっきりと眉間に皺を寄せる。
 そんな旬の様子に気付いたプロデューサーが慌てて二人の間に入ろうとしたところで、絡んでいた女の指が引き剥がされ、旬の身体が後ろに引き寄せられるのを見た。
「旬、遅くなってごめんね。もう直ぐ収録が始まるからスタイリストさんが呼んでるよ。プロデューサー、今日は宜しくお願いしますね」
 さり気に旬が掴まれていた場所を払いながら当たり前のように腕を絡め、プロデューサーに挨拶をする。にこりと笑んだ顔は王子様と呼ばれるに相応しい完璧な笑顔で、思わず見惚れてしまっていたプロデューサーにさっさと断りを入れて、しゅんは旬を連れて控え室へとさっさと歩いていく。
 その間、しゅんの視線は一切女に注がれることはなく、そこには初めから誰もいないかのように振る舞われていた。
 止まっていた時間が動き出す。彼らのやり取りを見ていたスタッフは何事もなかったように慌てて自分たちの作業へと戻り、プロデューサーも頭を一掻きした後、脚本の見直しをする為に、ディレクターを呼び寄せスタジオ奥へと入っていった。
 その場に一人取り残される女。彼女のマネージャーが慌てて呼びに駆けつける。
「……」
 女から低く呟く声が発せられたが、その声は誰にも届くことはなかった。



「あれ誰?」
 控え室で収録用の衣装に着替えながら、しゅんが不機嫌そうに尋ねてくる。
「さあ?全然知らない。勝手に話しかけてきて何か俺の子供の頃のことを知ってる風なことを言ってた」
「あの女性はモデルのLUIですね。少し前まで海外でモデルをしていましたが、最近帰国して二十代から三十代向けのファッション雑誌によく露出しています」
 二人の言葉にマネージャーが横から女についての情報を提供してくる。それに旬は全く興味を示すことなく一つ相槌を打っただけだったが、しゅんは何かを考える素振りを見せる。
「しゅん?」
「ん?何でもないよ。向こうが旬の何かを今日の収録で話すんだとしたら、こっちもそれなりの対応をしないといけないなって」
 難しそうな顔をするしゅんに気付き、訝しげに声を掛ければ、一瞬後には何事もなかったかのようにニコリと微笑まれる。それが却って不審に思い、胡乱な目を向けるが旬に説明する気はないようで、それでも旬に不安を抱かせないように指の腹で頬の上を優しく撫ぜてくる。
「旬が困るようなことには絶対させないから安心して。今日は社長に言われた通り、お仕事のことだけ考えよ」
 旬にしか見せることのない表情で真っ直ぐ見詰められてしまえば、それ以上追求することもできず、溜め息一つで許してやることにする。
「でも!あとでちゃんと説明しろよ」
 へらりと笑うしゅんの顔を指で弾く。
 額に走った痛みを指で摩るしゅんを横目に、あとは衣装を整え最後の仕上げをスタイリストにしてもらう。そうして出来上がったそこには、誰もが見惚れる夜の支配者を思わせる王子然とした旬の姿があった。
「相変わらず最っ高にカッコいい!」
 出来上がった旬の姿を見て手放しで褒めるしゅんであったが、しゅんはしゅんで陽の世界を治める王子様のように煌びやかな姿で旬の前に立っていた。
「しゅんだって凄く格好良い」
 二人して互いを褒め合い、毎回のように惚れ直してしまう。
 そっと周りから見えないように指を絡めていると、収録スタッフの呼ぶ声が聞こえる。二人は今一度指を握りしめた後、スタジオへと足を向けたのだった。



 収録は滞りなく進んでいた。
 今回の番組ゲストはアーティストから俳優、芸人と多種に渡っていた。進行は司会者と専ら何人かの芸人とで進み、E*Sの二人は話を振られた時にだけ話すスタンスでいた。
「そう言えばLUIちゃんは昔やっちゃった話って何かある?」
 収録も中盤を過ぎたところで、モデルのLUIに司会者が声を掛ける。トーク番組の為、出演者は前後に並ぶように座っており、LUIは後ろ側の右寄りに座っていた。
 司会者と目が合ったLUIはにっこりと人好きのする笑顔を浮かべ、ルージュを引き瑞々しく潤った唇を可愛らしく開き、司会者の質問に答えていく。
「私よく勘違いで人を間違っちゃうことがあって。この間も家でお菓子作ってて手が離せなかったから、帰ってきた妹に洗濯物取り込んで畳んでって言ったんです。それで生地をオーブンに入れてホッと一息ついてリビングの方を見たら、妹じゃなくてマネージャーがリビングで洗濯物を畳んでたんです〜」
 話し終えた後に両手で頬を挟み、恥ずかしいと顔を朱くするLUI。そんなLUIに周りは微笑ましそうに茶化したり、話の輪を広げようとする。
「ずっと下を見てたから全然気が付かなくてっ。マネージャーも何か言ってくれたら良いのに、優しい人だから全部やってくれて」
「そんなことがよくあるの?」
「そうなんです。この癖昔っからで、小学生の時も同姓同名の男の子を間違っちゃって、長い間ずっと反対に覚えてたんです〜」
 そう言いながらちらりと旬の方へと視線を流す。旬はというと、どういう采配なのかLUIの隣の席位置で座らされている。
 LUIの意味深な視線を目敏く見付けた司会者は、そう言えばと、話の矛先をE*Sへと向ける。
「E*Sのお二人も同じ名前ですよね」
 その言葉にLUIの口角が上がる。自分に話を振られたわけでもないのに、二人が何かを言う前に横から話を続ける。
「そうなんです!実は私が間違っちゃった男の子って実はE*Sのお二人なんです」
 その爆弾発言に司会者が食い付かないわけがなく、案の定興奮気味に話の続きを促してくる。
「え!それじゃあLUIちゃんとE*Sのお二人は同じ学校に通ってたってこと?」
「はい!小学校が同じなんです。しかも旬君とはクラスも同じになったこともあるんです!」
 司会者の興奮と驚く声に充てられ、LUIも得意気に声を上げる。隣にいる旬へと向き直れば、通常の男ならばヤニ下がる媚びるような目付きで下から見上げ、旬の腕へとしなだれ掛かる。
「ね、旬君」
 そんなLUIの唐突な行動を見た瞬間、プロデューサーが慌ててカメラを停めようとする。いくら同郷のよしみだとしても、ファンの多いE*Sに一介の雑誌モデルでしかない女が相手の断りもなく触れたとしたら、その後どうなるか火を見るよりも明らかだった。
 このシーンはカットすべく、進行を停めようとした。しかし、司会者に合図を送ろうとしたところで近くにいた男から耳打ちをされる。その内容に戸惑いを隠し切れずにいたが、再び男が告げた言葉に結局カメラを停めることなく番組を収録し続けることにした。
 プロデューサーは進行を停めなかったが、LUIの行動は流石に司会者も拙いと思ったのか、嗜めるように言葉をかける。
「LUIちゃんダメダメ、いくら同級生でも今は本人の許可がないと勝手に触っちゃダメなご時世だからね」
「あー、そうでしたね。昔と同じ感覚でいちゃいました。旬君昔は大人しかったから私が引っ張って上げなきゃ中々他の子と話もしなかったから。その時の癖が出ちゃいましたね」
 子供の頃の旬の情報を出しつつ、自分をアピールすることも忘れない話術に、国民的アイドルE*Sの旬のことを知っている優越感が見え隠れする。そんなLUIの態度に眉を顰める者もいたが、番組の収録は構わず続けられる。LUIのトークも続行される。
「修学旅行の班を決める時、旬君大人しいから何処の班にも中々入れなかったじゃない。その時に私が声をかけたの覚えてない?」
 横から覗き込むように旬に問い掛ける。
「さあ…」
 LUIの言葉に曖昧に返事をする旬だったが、勿論その時のことは憶えている。
 学年で一番可愛いと言われていた女子。常に彼女の周りには男女共関係なく人が集まり、賑やかしくしていた。
 その頃の旬は、やんちゃというよりは大人しい分類に入る子供で、クラスの子供たちからも少し離れた位置でいた。グループを作ることを好まない為、人付き合いが下手なように見られがちだったが、話したいことがあれば遠慮なく声をかけるし、話しかけられれば気負うことなく誰とでも話をしていた。
 ただ、あの頃はアイドルなんて稼業を自分の職業選択の中に入るとは思ってもいなかったから、自分の身なりにとことん無頓着で、髪なんかも放ったらかしで伸び放題だったように思う。それだからか、そんな旬を根暗だと嘲笑い、爪弾きにしようとする者も何人かいた。大体はその頃からアイドル顔負けの可愛さで周りを魅了していたしゅんを信奉している者だったりしたが。そして、そういうのは大概生徒の中でも悪い意味で目立つグループだったりするから、しゅんと幼馴染みで仲の良い旬は自ずと目を付けられることが多かった。まあ、旬自身は誰に嫌われようと全く頓着はしていなかったが。
 そんな小学生時代を過ごしていた時の修学旅行でくだんの件が起こる。折しも、しゅんが学校を欠席した日だった。
 自由行動の班を決めるという時、しゅんの信奉者から疎まれていた旬は、どこからか裏で謀られていたのか、どの班からも呼ばれることがなかった。旬と偶につるむ友人たちも何か脅されていたのか、旬の方を気にしながらも声をかけられずにいたようだった。嵌められたと思ったが、抗議するのも面倒くさく、先生には適当に誤魔化して報告しようと思っていたところに、彼女から声をかけられたのだ。
 自分の班に入らないかと。
 あからさまな点数稼ぎに失笑を堪え切れなかったが、その場で笑わなかった自分を褒めてやってほしい。
 旬は知っていた。この女が自分のことを陰で根暗だキモいだ散々言っていたのを。優しい自分を見せる為、中学受験をするから内申を上げる為利用する。そうでなければあんな根暗、誰が相手にするかと毒を吐きまくっていたのを。
 だから、自分もありったけの毒で女の言葉を否定してやった。アンタの自尊心を満足させる為だけの道具になると分かってるのに誰が入ってやるかと。
 自分の誘いを断られるなんて思いもよらないと言った顔をした女に、旬はそれ以後のやり取りを思い出そうとは思わなかった。否、思い出そうと思っても全く記憶に残っていなかった。
 そんな過去があったにもかかわらず、その時のことを忘れたかのように話題に出してくる神経が旬には分からなかった。何を企んでいるのか見えず、女の言葉を肯定も否定もせずに流すだけにする。
「結局旬君、私のこと無視して他の子と組んじゃったけどね」
 学年一可愛いと自負している自分が声をかけたのに、それに靡かなかった旬へ明らかに非難する言葉にシラける。今更そんな大昔のことを掘り返して何が楽しいのか。
 周りを見ても明らかに微妙な雰囲気が流れ出しているのに気が付かないのだろうかと、旬が呆れて嘆息しかけた時、旬の背後から手が伸びてきて背中に自分とは違う体温を感じた。
「LUIちゃん酷いなー、旬ばっかり見て。僕も一緒のクラスだったの覚えてない?」
 さりげにLUIから引き剥がされ、後方へと引き寄せる相手の腕に、思わず旬の口角が上がる。
「あ、旬の同意取ってないですけど、僕と旬の仲なんで、ハラスメント云々はナシですよ」
 先程の司会者の言葉を引き合いに出して態と旬を抱き締めるしゅんに周りから笑いが起こる。白んじた空気が少しだけ緩和される。
「しゅんくん…」
 そんなしゅんにLUIは旬に話し掛けた時とは明らかに違い、顔を強張らせる。
 忘れる筈がない。女子の中では自分が一番可愛かったけれど、学校一可愛かったのはしゅんだから。
 しゅんの顔を見て明らかに不自然な作り笑いを顔に張り付かせるLUIに、此方は終始華やかな笑顔を絶やすことなく話を続けていく。
「ほら、一緒に白雪姫の劇をしたの覚えてない?みんなの投票で何故か僕に一番票が入っちゃって白雪姫役になっちゃったの。LUIちゃんがお后役で、物凄く意地悪するのが嵌ってて、ウケてたじゃん」
 クスクス笑いながら話すしゅんの顔から目が離せない。
「まるで素でやってるみたいに自然だったってみんなが褒めてたよね」
 続く言葉の後に笑顔で自分を見つめる瞳の奥の酷薄な色にゾッとする。
 じっと見つめてくるしゅんにLUIが何も言えずにいると、三人のやり取りを固唾を飲んで見ていた司会者が我に返り、漸く間を取り持つようにしゅんの言葉を取って自分の方へと意識を向けさせるように話し掛ける。
「ということは三人は同じクラスメイトだったってことかな?」
「そうですね」
「しゅん君が白雪姫でLUIちゃんがお后様って、凄い贅沢な劇じゃないですか!」
 興奮を隠し切れないと言うように熱の入った司会者の声に、張り詰めた空気が弛緩していく。しゅんもそんな声に毒気を抜かれ、LUIへと向けていた視線を興味がなくなったと言うように外して司会者へと向ける。旬はと言えば更に最初からLUIと話をしていなかったみたいにもう随分前から無関心を装う。
「ってことは、旬君はやっぱり王子様?」
 期待を込めた瞳で旬を見る司会者に、旬は無感動に答える。
「木の役その一です」
「え…」
「木の役です」
 淡々と答える旬に聞き間違えかと思った司会者が狼狽えるのを他所に、再度質問に答える旬。
「「「え〜〜〜っっっ???!!!」」」
 その場にいるゲストからスタッフまでの叫びがスタジオ内に響き渡る。
「旬ってあの頃は、目立つの嫌いだったから。本当は王子様役やってほしかったんだけどね」
 周りの反応が想像通りで可笑しくて、しゅんは笑いながら当時のことを話し出す。画面には家族から提供されたのか、しゅんが用意したのか、その頃の二人の写真が映し出され、それも皆の関心を集めた。
 それから話題は他のゲストへと移り、笑い有り驚き有りで最後はゲストらの番宣を入れて、滞りなく収録は終了した。
 再びE*Sと一悶着あることを恐れたプロデューサーの指示により、 LUIはカメラから外され司会者が話を振ることはなかった。



「お疲れ様でしたー!」
 スタッフたちがゲストに労いの言葉をかけていく。ゲストたちも収録時の話題を会話に乗せながら和気藹々とスタジオ内で留まっている中、LUIだけはさっさと楽屋へと戻っていく。
 すれ違うスタッフからの労う言葉も全て無視して、イライラしながら廊下を足速に歩いていると背後から声がかかる。
「雉も鳴かずば撃たれまいって諺知ってる?」
 その言葉に慌てて振り向くと、しゅんが数メートル先で此方を見据えていた。その顔はおおよそカメラに向けることのない、先程LUIにだけ見せてきた酷薄な色を今度は顔全体に張り付かせている。しゅんのこんな顔はきっと誰も知らない。
「な、に…まだ私に何か用?」
 収録中にあれだけ自分をコケにしてきたしゅんをLUIも不機嫌を隠すことなく睥睨する。
 LUIのそんな表情にしゅんは更に氷の笑みを見せる。
「一度なら子供の時だったし、幼稚な優越感と独占欲ってことで情状酌量の余地で旬に接近不可ってだけで赦して上げたのに、また性懲りもなく旬を利用しようとするんだから本当に救いようがないよね」
 声は普段通り、歩調もゆっくりとした足取りでLUIに近付いてきているだけなのに、地面に脚が縫い付けられたみたいにその場から身動き一つできない。
「カメラの前で国民的アイドルと同郷で親しげな雰囲気を見せれば、火のないところに煙は立たずとでも考えたの?それとも偶然を装ってカメラの前で旬に抱き付こうとでも思った?」
 何もかもを見透かしたしゅんの言葉に反論することもできず、背中を嫌な汗が伝い落ちる。
 何故忘れていたのか。
 旬に班に入ることを拒否された後、放課後に仲間内で彼を悪しざまに罵っていたら目の前のしゅんがやって来て、小学生とは思えない重圧と威圧感で自分たちに忠告してきたのだ。否、忠告なんて生優しい言葉じゃない。そんな言葉では言い表せない、恐ろしい程の言葉を残していった。
「ご、ごめんなさ……」
 当時の記憶が蘇り、反射的に謝罪の言葉を吐こうとして、その言葉を眼光一つで黙らせる。
「ごめんね、もうどんな謝罪も受け取ることはできないんだ。言ったよね───、」
 LUIの真横にしゅんが立つ。
「二度目はないって」
 しゅんが言葉を終わらせた瞬間、LUIの携帯が突如として鳴り出す。その音を聞いたしゅんはそのまま何事もなかったように廊下を歩いていく。
「はい…LUIです…。……え、社長…それ……、いえ、あれは唯のパーティーだと…。ちがっ……ドラックパーティーだなんてっ……!…そんな、誤解ですっ!……い、今からですか…っ…、待って、待ってくだ───、」
 誰もいない廊下にLUIの声だけが響き渡る。
 その声にしゅんが振り返ることはなかった。



「しゅん、何処行ってた?」
 楽屋の扉を開けて入ってきたしゅんを見付け、既にメイクを拭き取り、一息ついていた旬が直ぐに声をかけてくる。
 自分に向ける旬の穏やかな笑みに一文字に結んでいた口元が緩く開き、強張っていた顔の筋肉が解れていくのが分かる。
 部屋には二人以外誰もいない。マネージャーはきっと今日のことをプロデューサーと話し合っている最中だ。なんせ収録を一旦止めようとしたプロデューサーに待ったを掛けたのはマネージャーを介したしゅんなのだから。あの時は何かあればしゅんが全ての責任を取るという名目で収録を続けてもらったが、終了した今はその理由を説明しなければならない。始めはしゅんが直接説明すると言ったのだが、こういう交渉ごとは得意だというマネージャーが自分に任せてほしいと言うので、今回はそれに甘えることにする。
 自分が全ての責任を取るなんて大見得を切ったが、ゲストの中には自分よりも一回りも二回りも年上の俳優や歌うたいの先輩や癖のある芸人たちもいた。彼らからの叱責が自分にくるだけなら甘んじて受けることもできたが、それが旬へと飛び火することだけはどうしても避けたかった。
 だから知らず知らずの内に表情が硬くなってしまっていたのだが、旬の優しい顔と自分を呼んでくれる穏やかな声に、張っていた緊張が解けていく。
 当分マネージャーは来ないだろうとは思っていたが、誰が来るか分からないから後ろ手に扉の鍵を掛けて旬の方へと足速に駆けていく。
「しゅん?」
 入り口の鍵を掛けたしゅんに訝しげな視線を向けてくる旬を思い切り抱き締める。少しだけ背の高い旬の肩口に顔を寄せて、背に回した腕を更に強くする。
「何か嫌なことでもあった?」
 しゅんの様子がおかしいことに気付いた旬が同じように背中に手のひらを添えてくる。但し此方は気持ちを宥めるように優しく、時折トントンと叩かれる。
「ううん、何でもない。収録が終わってホッとしただけ」
「しゅんがそんなに緊張するの珍しい」
 顔を上げずに話すしゅんの息が着替え終わった普段着の襟ぐりの開いた肩口を擽り、旬の声に小さな吐息が混じる。
「久し振りのテレビ収録だったから」
 そう嘯いてみるが、きっと旬にはしゅんの緊張の理由なんてお見通しなんだと思う。けれど、しゅんが何も言わないから聞かずにいてくれる。収録前にあんなに何かあれば自分に言えと言っていた旬。いつもなら隠し事をしていると怒る旬がこんな時だけは何も言わずにただ隣にいるだけで、自分を慰撫するように抱き締めてくれることが嬉しくて愛おしい。
「そうだな。やっぱりテレビ収録は苦手だ。ステージに立つ方が性に合う」
「うん、おれも」
 背中を撫でていた旬の手のひらが今度は頭部に触れてくる。後頭部の丸みに沿って髪を梳かれると気持ち良くてもっと撫でて欲しくなる。
 猫のように頭を擦り付けると上部からクスクスと柔らかく笑う声が耳を震わせる。
「甘えたがり」
「旬にだけだよ」
「知ってる」
 軽い言葉の応酬が心地良い。
 漸く身体に入っていた緊張が解れる。
 もう大丈夫だと、旬の肩口から顔を離すと疑い深い瞳が覗き込んでくる。それを唇へのキスで応えれば、旬からも同じくキスが返ってくる。いつもなら楽屋でこんなことをすれば瞬時に顔を朱くして慌てる旬が、様子の違うしゅんを慰めようと健気に唇を開いてくれるのが堪らない。
 少しだけ深く塞いだ口内へと舌を忍ばせれば、絡める舌についてこようとする舌がいじらしく動く。交わされる唾液を嚥下する為に、喉元が小さく動くのがとても扇情的に見えた。
「本当はここで旬に慰めてもらおうかと思ったけど、やっぱり我慢する。早く家に帰って、今日はいっぱい旬に甘えて旬のベッドで慰めてもらう」
 もう一度旬の唇の上でリップ音をさせたしゅんは、キスの余韻を残すことなくさっさと衣装を脱いでいく。
「え?」
「うん。今日は甘えたがりモードだから旬にいっぱい甘えることにしたんだ。てことで、プロデューサーに捕まっているマネージャーを救いに行って、さっさと帰ろう」
 言っている間に着替えを済ませ、メイクも落としたしゅんは、未だ言葉の意味を処理し切れていない旬の荷物も纏めて、最後に旬の腕を引っ張り自分の方へと引き寄せる。
「それと、おれ以外の人間が気安く旬の身体に触れた消毒もしないとね」
 一転して鼓膜を震わせる官能的な声が耳朶の奥へと吹き込まれ、ふるりと反射的に旬の身体が震える。それがどういった震えなのかは旬だけが知っていたが、その反応だけでしゅんは満足げに笑みを深める。
「…ちゃんと消毒してくれよ」
 それだけをどうにか言葉にした旬は、そのまま朱くなった目元を隠すようにサングラスを掛けた。
 カチリと鍵を開ける音がして、二人だけの空間が解ける。そうして、部屋から出た二人は未だ状況説明をしているであろうマネージャーを救い出す為にスタジオへと足を向けたのだった。

 この後、しゅんのとっておきの一言でプロデューサーの目が輝き、早々に解放されたとか。
 番組の番宣にE*Sが前代未聞の撮り下ろしをして、視聴率が爆上げになったとか。
 雑誌に専属契約をしていたモデルが一人、突如一方的な契約解除をして行方がわからなくなったとか。
 E*Sの周辺が若干賑やかしくはなったが、結局時間の流れの速い現代では一瞬で過ぎ去った出来事の一つでしかなかった。

 そして今日もまた何処かでE*Sを呼ぶ声が広がっていく─────。


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2022年お正月お年玉企画「#新年だからrtの早い5人は私の超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超ガチ勢だからお年玉感覚で願いを聞こう」でES旬のリクエストをいただきましたので、E*Sで書かせて頂きました。
正月物として内容はどうかなって感じなのですが、E旬の温度差を味わって頂ければいいなと。

初出:2022.01.24

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