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140話 ─ 中段 ─

「スキルが使えるまであと二時間か」
 DFNで別れた賢太のことが心配で、影の交換を使って日本に戻ってきてみたが、自分でも呆気ない程に賢太の父親の病を治してしまった為、時間が思った以上に余ってしまった。
 命の神水の効果は絶大だった。
 それは母を目覚めさせたことでも実証済みではあったが、本当に全ての病を治すことができるアイテムなんだと改めて実感した。
 明成が目覚めるところは確認しなかったが、彼のいる病棟が俄に慌ただしくなった気配を感じ、きっと確認するまでもないと思った。
 今しがた、病院をあとにした賢太も直ぐに戻って来ることだろう。もう目覚めることはないと宣告された父親が、変わらぬ姿で起き上がっているのを見た時の賢太の反応が想像できる。
 その光景を目に浮かべながら、しかし旬の心は別のところに飛んでいた。
 父親という存在。
 旬の父、潤一郎は十年前にゲートに入ったまま帰って来なかった。
 協会側では行方不明と登録されているが、潤一郎がゲートから出てきた痕跡はなかった。
 一度攻略してゲートが閉じた空間がその後どうなるのかは、未だ解明されていない。そのまま消滅するのか、ゲートのみが閉じて空間自体は、何処かで存在するのか。
 母、聡子は潤一郎が戻ってくることをずっと信じている。溺睡症から目覚め、家に戻ってきた時も一番始めに旬に聞いてきたことは潤一郎に関することだった。
 勿論、十年も眠りについていたのだ。短くないその時間の流れの中で潤一郎からの連絡があったのではと期待するのも分からないでもない。旬自身も父からの連絡もだが、ハンターになったことで何か一つでも情報が入ってくるのではないかと期待していた。しかし、現実は甘くなく、未だ潤一郎に関する知らせは何も入ってくる兆しはなかった。
「十年か…」
 十年前と言えば、旬は中学生の頃だ。葵に関してはまだ小学校の低学年だった。
 まだまだ親の庇護下に置かれている年齢で両親を頼ることができなくなってしまった。しかも旬一人だけならまだしも妹の世話もしなければならなかった。泣き言なんて言っている暇もなく、毎日が怒涛のように過ぎ去っていった。
 妹の為にしっかりしなければと思う反面、ふとした折に全てを投げ出してしまいたくなる衝動に駆られることも少なくなかった。何故父は帰ってこないのか、本当にもうこの世にはいないのか。不安ばかりが押し寄せて、父を恨むこともあった。
 だから今でも父親の存在は旬の中では複雑だった。
 しかも潤一郎のハンターとしての能力は最上位の分類に入っていた筈だ。当時はまだハンターランクというものがなかった為、正確なランクは分からないが、周りの話し振りからすると今のSランクに匹敵するくらいの能力はあったようだ。
 そんなハンターとしての潤一郎と、行方不明になる前の穏やかで子煩悩な姿を知っているだけに、どこからも何の情報も入ってこない、音沙汰がない状態が不思議で仕方がなかった。それはまるで意図的に存在を消しているかのように見えた。それが組織的なものなのか、潤一郎本人がしているのかは分からないが。
 一つ仮説として立てるのなら、太初の君主が言っていた話だ。
 君主と支配者の戦争。
 ゲートから出てくるモンスターは支配者に囚われていた敗残兵だと言っていた。彼らには彼らの世界がある。ゲートが彼らの世界と繋がっているのであれば、万が一ゲートが閉じられたとしても、中の空間は消滅することなくその後も存在し続けている筈だ。そして、もし全てのゲート内の空間が最終的に彼らの世界と繋がっているのであれば、次に開くゲートが分かれば此方側に戻って来ることも可能なのではないだろうか。ただ、ゲートがいつ開くのかが予測できるのかどうかは分からない。
 ただの仮説に過ぎない為、過度の期待はしないが、今までダンジョンの主を倒すことだけ考えていて、ダンジョンそのものについては気にしたことはなかった。主を倒さず更に奥に進めば彼らの世界に通じるのだろうか。
 ドクリ。
 自分の考えに心臓が変な風に高鳴る。恐れからくるものなのか、高揚からくるものなのか。
「興味はあるが…」
 だからといって実行するかどうかはまた別の話だ。
 父がいない今、母と妹を守るのは旬しかいない。もし旬さえも行方不明になってしまったら、母は今度こそ失意の底に落ちてしまうだろう。それだけは絶対にあってはならないことだ。
「歯痒いな」
 再覚醒をして強くなった。母や妹を守る力もついた。しかし、父の行方を捜す道はまだ遠かった。
『王よ…』
 月明かりに照らされできた影から声がする。
『近くにいくつかゲートが開いております』
 影から聞こえてきた声はベルのものだったが、きっと他の影たちも言わんとしていることは同じことだろう。
「少し調べてみるか」
 今まで気にしていなかったダンジョン内のこと。そろそろ転換期が来ているのかもしれない。
 ハンターフォンを取り出した旬は、協会のアプリを操作しながらまだどこからも申告のないゲートの一つをそのまま申請する。
 ここからゲートまでは目と鼻の先。
 スキル使用まで久し振りにゆっくりとダンジョン内を回ってみるかと、病院を後にしたのだった────。


初出:2021.05.15

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