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135話 ─ 中段 ─

 DFN中に散開していた影の兵士たちが、旬の一言で一瞬にして首都へと集まってくる。
 旬を中心として傅く影たちは、そこに新たに仲間となった巨人族の影の兵士を確認する。いつものように新参者の紹介などすることのない旬には慣れているのか、影たちは巨人を見ても気にすることなく静かに主の号令を待っていた。
「全部で十三体か」
 旬は抽出できた巨人族の影を数える。その全てがナイト級より上であった為、必然的に名前を付けなければならなかった。
 強い影を抽出できるのは喜ばしいことだ。しかし、それに付随して名前を付けなければならないことが旬には難点だった。何せ苦手なのだ。今までも影たちの名前を付けてきたが、その度に頭を悩ませていた。
 一番初めに影にしたイグリットはいい。既に名前が付いていたのだから、そのままを付ければ良かった。
 次にアイアン。
 これも重装備の鎧姿を見て思い付いた名前だ。ほぼ迷うことはなかった。
 それからタンク。
 タンクは抽出時は精鋭級であった為、名前を付ける段階ではなかった。ただ、他の精鋭級の熊型の影たちと区別を付ける為に役職である”タンク”と付けていた。だから、名付けの段階に達した時は迷わずそのままの名前を付けた。
 ここまでは良かった。
 しかし、これ以降だ。
 キバ、カイセルはイグリットと同様に生前の名前があったにもかかわらず発音し難い名前であった為、抽出時には思い出すことができなかった。その為、キバは見た目で、カイセルはうろ覚えの名前で付けたのだが、この辺りから旬の中に名付けの苦手意識が出てきた。
 ベルに至っては苦手意識があった為、取り敢えず先にすべき事を終えてから付けようと思っていたのに、向こうから催促してきた。幸い”蟻”から連想できる名前を思い付くことができたから特に考えることなく、その名前を付けた。
 ガーナは旬自身も安直だと思ったが、もうそれしか思い付くことができなかった。今思えば”ジマ”でも良かったかなと思う。
 そして今回だ。
 一体名前を付けるだけでも大変なのに、一気に十三体もの影に名前を付けなければならないのだ。はっきり言って全く何も思い付かない。
 だから諦めた。
「まあ、別に喚び出すのに支障がある訳でもないから、いいか」
 名前を付けた時に影たちの顔が若干引き攣っていたことには気付かなかった旬は、今後ももし巨人族を抽出することになったら番号順でいいかと、すっきりした面持ちで交戦への準備に取り掛かったのだった。



 一方その頃───。

『なあ…』
 影の兵士の一人が周りの兵士に言うでもなしに旬に気付かれないようにそっと呼びかけた。
 旬は集結してくる名付きの幹部たちの方へと視線を向けている為、此方に関心を向けていない。その為、一兵卒でしかない影たちはこっそりと内緒話をするように小声で囁き合っていた。旬には自分たちの声が聞こえなかったとしても、幹部たちに聞かれたら拙いので、慎重に話を続ける。
『今、ランクどのくらいになってる?』
 視線は前に向けたまま、誰に問うでもなしに歩兵の一人が言う。
 彼らは転職クエストで抽出された影であり、イグリットと同様最古参の影の兵士であった。
『たしか精鋭級だった筈だ』
 抽出された当時は一般級であったが、今は精鋭級にランクアップしていた筈だ。
『あの時、抽出された兵士って全部で何体だったっけ?』
『イグリット様を除けば十九体だった筈』
 質問をした兵士と同じ様相の兵士が答える。
 十九体。
 先程、抽出した巨人族よりも多い数だ。
 質問した兵士は少し考え、言うべきかどうか悩んだ末、隣の兵士に声を掛ける。
『なあ───、』
 しかし、何かを言う前に言葉は上から遮られる。
『言うな。お前が言いたいことは分かっている。だけどこればかりはどうにもならん。それに名を付けてもらえるということは栄誉なことなんだぞ』
 視線の先では、巨人族の影の名を呼んでいる旬がいる。
『それに全員が同じタイミングでランクが上がるとは限らないだろう』
 今は皆精鋭級ではあったが、その中でもそれぞれ獲得しているレベルも経験値も違う。昇格ランクに達するタイミングがそれぞれ違っていればと、もしかすればと淡い期待を持てる可能性もある。
『何を考えているか知らないが、そもそもナイト級にならなければ名は付けてもらえないんだぞ』
『分かっている。それに名を付けてもらうことが目的ではないことも重々承知している』
 我々は主の手足となって主の為だけに任務を遂行するのだ。主から命令されることは至福の喜び。何ものにも代え難いものだ。
『ならば主がどのような名を付けられたとしても、我々はそれに従うまでだ』
 例えその名前がセンスのセの字もなかったとしても、主が直々に付けて下さった名だ。拒否などあろう筈もない。
『ABCくらいなら主らしいと思えるか…』
『あいうえおと付けられるかもしれないな』
『じゃあ、お前は”あ”だな』
 この話題を最初に話し出した歩兵がこの中では今一番レベルが高い。だから昇格するとなればこの歩兵が最初だろうとここにいる誰もが予測した。そして、この歩兵の名が決まることで、その後続く他の歩兵たちの名(運命)も決まる。
『できればABCの方がいいな…』
 今も巨人族の影を呼んでいる旬が見える。
 一号、二号と呼ぶ旬の声に躊躇いはない。それよりもきっと、良い感じに名前を閃いたとでも思っているのかもしれない。
『まあ、まだ当分先の話だ』
 しかも自分たちよりもレベルの高い精鋭級の影は他にも沢山いる。特にアリ。
 架南島で抽出したアリは数知れず。それが一気に昇格するとなれば一体どうなることだろう。
『主、どうされるんだろうな…』
 名付け放棄だけはされないことを願い、切実な願いを込めて歩兵たちは旬の方へと視線を向けた。
 どうやら召集した全ての影が集結したようだ。
 旬が戦闘配置に付く。
 それにより会話は強制的に終了となる。歩兵たちからは既に声はない。
 腕を上げ、号令を掛けた旬の声に従うべく、彼らは嬉々として飛び出して行った。全ては主の為に。


 なんて事のない、戦闘が始まる前のちょっとした影たちの小休止の話────。


初出2021.03.21

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