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134話 ─ 中段 ─

 ”女の子には、いつだって王子様がいるのよ────。”

 小さい頃、お母さんがいつも 寝る前にお話してくれる物語。
 悪い人から お姫様を助ける、王子様との物語。


 お母さんと一緒に隠れていたのに、物凄く大きな怪物がやって来たと思ったら、隠れていた建物をいっぱい壊していった。
 みんながびっくりして慌てて逃げていくから、お母さんと繋いでいた手が逃げていく人に当たって離れてしまった。
 絶対に手を離しちゃダメよって言われたのに、お母さんに怒られちゃう。
 だから直ぐにお母さんの方を向いたけど、人がいっぱいいて分からなくなってしまう。
 お母さん!って呼んだけど、大勢の人の悲鳴や怒号で私の声はみんなの声に紛れて、大声で呼んでるのに全然聞こえなかった。
 だから声が聞こえるようにって人のいない方へいない方へとお母さんを呼びながら歩いて行ったら、いつの間にかさっきいた場所から凄く離れてしまっていて、気が付けば周りには誰もいなくなっていた。
 どうしようって周りをキョロキョロしていたら、急に地面がドシンッって響いてびっくりする。
 地震かなって思ったけど、地面の揺れは規則正しく揺れていて、例えば誰かが歩いているようなリズムだって思った。
 すっごく大きな人が歩いてる感じ───。
 ハッとした。
 慌てて周りを見上げたら、建物の間から大きな顔がこっちを見ていた。ギョロリとした大きな赤い目に耳まで裂けた口。ニタリと笑う顔が怖くて体が動けなくなった。
 ドシン、ドシンとこっちに歩いて来てるのに、足が言うことを聞いてくれない。
 このままじゃ捕まるって思った瞬間、どこからか大砲が巨人目掛けて飛んでいった。大きな音がして、巨人に当たった衝撃で動かなかった体が動いてくれて、急いで逃げ出した。
 だけど、巨人は大砲なんてものともしなくて、私を標的にすると追いかけてきた。
 どれだけ走っても巨人のたった一歩ですぐに距離を縮められる。捕まらないようにできるだけ巨人が入って来られない細い道を選んで走っていたけど、道にはいっぱい建物が崩れたものが転がっていてなかなか思うように走れなかった。
 その内、建物の上から覗き込まれ、角を曲がったところで大きな手が頭の上に追い付いた。
 もうダメだって思った。
「おかあさあぁぁんっっっ!!!!」
 会いたい!会いたいよぉ!お母さん!!
 ついさっきまで一緒にいたのに、ここでモンスターに捕まって死んじゃうなんて嫌っ!!でも、もう捕まっちゃう。
 巨人の大きな手が私を体ごと鷲掴もうとしたその時、目の前が真っ白に光り、一瞬何も見えなくなった。
 何が起こったのか分からなくて、咄嗟に目を閉じたら、体が誰かに抱き上げられた感覚を覚えた。ハッとして直ぐに目を開けると、私の体は真っ黒な影のような知らないモンスターに抱えられていた。一瞬、巨人とは別のモンスターに捕まえられたと思い心臓が凍りついたけど、私を抱えたモンスターは巨人に持っていた大きな剣を向け、庇うように私を腕の中に匿ってくれていたから、きっと助けてくれたんだと思う。
 巨人は、このモンスターに斬られたのか、私を掴もうとしていた手首から血を流していた。此方を物凄い形相で睨み付けてきて恐ろしさに目の前のモンスターにしがみ付いてしまう。そんな私を宥めるように腕の中に匿ってくれるモンスター。何だろう、こんな状況なのに凄く安心する。
 その後直ぐに別の黒いモンスターが現れて、巨人に雄叫びを上げたかと思えば、巨人の意識はそっちに逸れていった。私を凝視する大きな目が見えなくなっただけでもホッとする。
 後から現れた黒いモンスターは唸り声を上げながら、大きな斧を振りかざして巨人の頭上から一刀両断に振り下ろしていた。その衝撃は凄くて、周りにあった瓦礫なんかは粉々になって吹き飛んでいく。私の体もその衝撃で吹き飛ばされそうになったけれど、抱えてくれているモンスターのお陰でどうにかやり過ごすことができた。
 爆風が収まって周りを見渡してみると、斧を持ったモンスターの足元にはさっきまで私を追い掛け回していた巨人が倒れていた。あんな大きな巨人を一撃で倒したことに驚いていると、モンスターも得意げに斧を持ち上げ、此方に自慢するように振り回していた。
「凄い…」
 思わず声に出してしまう。モンスターはそれを聞いて益々得意げな顔をしていて、何だか小さな男の子が頑張ったことを得意そうにしているように見えて、ちょっと笑ってしまう。
 反対に私を護ってくれていたモンスターは怒ったような呆れたような顔をしている。きっと周りを巻き込むような攻撃の仕方が気に入らなかったのかなって思った。モンスターがこんなに感情豊かだったなんて知らなかったけど、もしかしたらこの二人が特別なのかな。私を助けてくれたのもあるし、一体どういうモンスターなのか気になった。
 不思議に思って目の前のモンスターの顔を見上げていると、私の視線に気付いて同じように見返してくれる。
 こてりと首を傾げてみせると大きな手のひらで頭を撫でてくれた。
 人間みたいな姿をしているけど、真っ黒で表情もなく、大きな剣を持っているモンスターなのに、どうしてか怖くなかった。
 それよりも巨人に捕まりそうになったところを颯爽と現れ、危険を顧みず助けてくれた。

 “女の子には、いつだって王子様がいるのよ───。”

 ふと、子供の頃にお母さんが話してくれた物語の一文が思い浮かぶ。
 悪い人からお姫様を護る王子様との物語。
 物語のお姫様も命の危険に晒されていたところを王子様に助けられていた。
「王子様みたい」
 思わず声に出してしまったけど、意味が分からなかったみたいで、不思議そうに首を傾げてくる。その仕草が何だか可愛くて、こんな状況だって言うのにクスリと笑ってしまった。
「イグリット」
 そんな時、後ろから低い男の人の声がして思わずびっくりした。
 こんな場所で人の声がするとは思わなかったから、咄嗟に目の前のモンスターにしがみ付いてしまう。警戒する私を宥めるようにモンスターが背中を叩いてくる。
「子供は?」
 恐る恐る声のする方へ視線を向けると、背の高い黒髪の男の人がこっちに向かって歩いてきていた。私を抱き上げたままだったけど、モンスターはその人に向かってお辞儀をしていた。
「怪我はない?」
 目の前までやってきた男の人は、目線を合わせて私の姿を確認する。
「足を少し擦り剥いて…」
 知らない男の人に話しかけられて緊張しながら答えたら、その人は私の足を見て少し顔を顰める。
「血が出てるね。軍の医療班が向こうに待機していたから、そこまで行くよ」
「分かりました」
 お母さんのことが頭を過ったけど、はぐれた時は避難場所で落ち合うって事前に話し合っていたから、きっとお母さんもそこにいると信じることにする。
 怪我をしていることを自覚したら擦り剥いた場所がヒリヒリしたけど、なんとか歩けそうだったので私を抱えているモンスターから降りようとした。
「こっち」
 でも、足が地面に着く前に再び、今度は男の人の腕に抱えられていた。
「あ、歩けます!」
「僕が抱えて移動した方が速いから」
 言い方は素っ気ないけど、傷口を触らないように抱き上げてくれたから、きっと悪い人じゃない。
 私を抱えているのにまるで羽が生えて飛んでいるみたいに軽やかに来た道の方へと走って行く。後ろを振り返ると、さっきの黒いモンスターたちも一緒について来ていた。
「気になるの?」
「あ…えっと…あの黒いモンスターはお兄さんの仲間ですか?」
 私が気にしているのに気付いたお兄さんが声を掛けてくる。気になっているのは事実だから素直に首を縦に振ると、お兄さんも後ろを伺っていた。
「僕の召喚獣だよ。怖いかもしれないけど、君に危害は加えないから」
「こ、怖くないです!さっきも助けてもらったし、それに、」
 助けてもらった後に私を落ち着かせるように頭を撫でてくれた。モンスターじゃなくてお兄さんの召喚獣だったんだ。
「私が怖がらないようにって頭を撫でてくれました」
 お兄さんに話すにはちょっと恥ずかしかったけど、怖くないってことを信じてもらいたくて、さっきのことを話してみる。
「そう…アイツが頭を撫でたんだね」
 淡々と話すお兄さんだったけど、今の声は何だかちょっと今までと違う声音に聞こえて、思わずお兄さんの顔を見上げてしまう。でも、そこに見える顔はさっきと変わらない無表情な顔だったから、気のせいだったのかもしれない。
 何だか聞いてはいけない言葉を聞いてしまったような気まずい空気が流れそうになった時、また目の前に巨人が一体現れ、こっちに向かって持っていた剣を振り下ろしてくる。
「きゃあっ!!」
 思わず悲鳴を上げ、お兄さんのシャツを握り締めてしまう。けれども振り下ろされた剣はさっきのお兄さんの召喚獣が持っていた斧で受け止め、そのまま勢いを付けて薙ぎ払っていく。手加減なしに地面に亀裂が入る程の力で巨人を一刀両断にしていたから、その爆風で建物が飛び、酷い砂埃が周辺に舞った。
 ザアッという砂が落ちる音に全身砂まみれになる覚悟を決めていたけど、いつまで経っても何も起こらない。不思議に思って砂が入らないように瞑っていた目を開けると、お兄さんが腕を出して私の頭を庇ってくれていた。それと同時に、さっき私のことを抱き上げてくれていたイグリットと呼ばれた召喚獣がお兄さんと私を護るように自分のマントを広げて覆い隠していた。
「アイアン!子供がいるんだ!少しは加減しろ!!」
 巨人を一撃で倒した召喚獣が得意げにさっきと同じように斧を振り回していたけど、今度はやり過ぎだとお兄さんに怒られていた。
『あ、何かちょっとショボンってなってる』
 折角頑張ったのに怒られて凹んでる姿にちょっと同情してしまう。
 私ならお兄さんと召喚獣が庇ってくれたから大丈夫だよ。そう言おうとして、見上げた視界に映る光景で言葉が止まる。何故なら自分の考えが間違っていたことに気付いたから。
 巨人を倒した召喚獣もマントを広げて庇ってくれた召喚獣も私のことを護ろうとしたんじゃない。マスターであるお兄さんのことを護る為に行動したんだって。お兄さんを護る為にマントを広げたんだって。見上げた先にある闇色の顔を見て察した。ずっと無表情なのに無表情じゃないって言うか、目が…。お兄さんを見つめる目が怖い程真剣だった。
「大丈夫?」
 思わずその瞳に見入ってしまっていたら、頭上から声がかかり、慌ててその瞳から目を逸らす。あの目は見てはいけないものだって思った。
「へ、平気です!」
 マントで砂塵を避けてくれていたから頭から砂を被ることはなかった。だけど周りを見ると小さな砂や埃がそこら中に舞い散っている。
「っ」
 そんな時、頭上から小さく呻く声がする。見上げるとお兄さんが片目を瞑って、私を支えていない方の手で目を擦っている。
「大丈夫ですか!?」
「大、丈夫、目に砂が入っただけだから」
 私を庇っていたから自分の頭を庇えなかったんだって思ったら凄く申し訳なくて、持っていたハンカチをお兄さんに渡そうとした。でもそれよりも先に召喚獣がお兄さんの顎を取って上を向かせていた。
「大丈夫だ。もう流れたから」
 目を擦っていたお兄さんの手を退けて、砂が入り涙を浮かべた目の下をそっと指の背で押さえて、零れそうな涙を掬っていく指。剣を握っていた手とは思えない程、優しい手付きに自分がされたわけじゃないのにドキドキした。
「お前は心配性だ」
 口では不満そうに言ってるお兄さんだったけど、指を払うわけでもなく召喚獣のしたいようにさせていた。その目もさっきまでの素っ気ない言動とは全然違って緩く笑んでいるように見えた。
『物語の中みたい』
 現実離れした今の状況がそう思わせたのかもしれないけど、お兄さんと召喚獣のやり取りもどこか現実とは違う場所での出来事のように見えた。
『お母さん、お姫様と王子様じゃなくて、王子様と王子様?ううん、王子様と騎士様だったよ』
 お母さんの物語に出てくるのはお姫様と王子様。
 悪い人から護ってくれる王子様に憧れて、自分もお姫様になれたらいいなって思ったこともあった。だけど、今目の前で繰り広げられてたのは怪物を倒すのは王子様というよりは騎士様。怪物から護られたのはお姫様じゃなくて王子様だった。
『お母さんに会えたら教えてあげないと』
 既に騎士様…じゃなくて召喚獣はお兄さんから少しだけ離れた距離に戻っていた。
「目、大丈夫ですか?ハンカチ使います?」
「ん?ああ、ありがとう。でもイグリットに見てもらったから大丈夫だよ。それより避難場所まで行くよ」
 お兄さんはそう言い、私を抱え直すと、また軽やかに走り出す。
 そしてやっぱりその直ぐ後ろには、さっきの召喚獣が影のように従っていた。


 ”お姫様には、いつだって王子様がいるんだよ。
  それと、王子様にだって、いつも騎士様がついているんだよ───。”


初出:2021.03.19

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