── 沖の屋
127話 ─ 中段 ─
実力だけを見る予定だった。
あれからどれだけの力が備わったのか。自分の満足のいく成長を遂げているのか。今回のクエストはその為のものだった。
さしずめそれは雲上人が下界の虫を暇潰しの為に観察する感覚と似ているのかもしれない。
そんな何の感情も揺らがない唯の通過儀礼だと思っていた。
だがそのシナリオは修正せざる負えなくなった。
最初はシナリオに必要なレベルであればそのまま次のステップに招待するつもりだった。
私の爪の先くらいを削ぐことができれば上出来で、人間相手に愉しむことなど永遠にない、流れ作業的なつまらない時間だと思っていた。
今まで人間が自分の能力に敵うとは微塵も考えたこともなかった。と言うよりもはなから意識の外にいる認識さえもする必要のない塵芥と同じ存在だった。
システムを構築するにあたっても、臨床実験に都合の良いイキモノ。ある程度の知能と身体能力のある所謂実験動物のようなものだった。
だから先の時に選んだこの人間も同じようなものだと思っていた。
いくら大幅な成長を遂げたとしても管理されたシステム内での成長だ。設計者である自分の力よりも強くなるようなシステムを組むことはない。あくまでもこちらで制御できるところまでしか能力が上がることはない。その筈だった。
だから退屈だった時間に少しの娯楽を添えるくらいのほんの些細な悪戯のつもりだった。それが自分の首を絞めることになろうとは思いもしなかった。そのくらい予想外で危険なイレギュラーが発生した。
唯のスキルの一つでしかない影の召喚。
嫌な顔は見せるだろうが、そこまでの執着がこの人間にあるとは思わなかった。それなのに少し揶揄うつもりで言った言葉に予想以上に反応を見せた人間。
そう、最初に近付いた時、耳元で囁いた。
お前が倒れシステムがペナルティーを科したと同時にアレは返してもらう、と。
死したお前にはもう必要の無いもの。アレは元々私が構築したプログラムの創造物。何やらお前に執着しているようだが、所詮は私のものだ。お前が死んだ後は私が好きにさせてもらおう。
言い終わるや否や先程とは比べ物にならないくらいの一撃が顔面を殴打してきた。
全く見えなかった。
思わず相手の拳を見返しその姿に戦慄する。
殺気なんてものは感じない、そこには一切の感情を削ぎ落とし、冷たく蒼く光る瞳を此方に見据えた男が無造作に立っていた。
その冷たく凪いだ感情が却ってこの人間の怒りを表しているようで、一瞬圧倒される程の存在を感じてしまい、この私が身震いを起こしそうになった。
それと同時にあの影への執着を嫌と言う程肌で感じた。
そしてこの人間と対峙する前に合間見えた影もまた主に何かあればシステムの管理下であろうと関係なく主の下へ駆けつけると宣戦布告を告げていたことを思い出す。
互いが執着する存在。
それがこの人間の行く末にどう影響するのか。
システムを設計した私でさえ先が分からない。
しかしもうそんなことはどうでもいい。
真の姿ではないにしても私の力を凌駕しようとするこの人間は危険だ。今すぐここでプログラムごと抹殺してしまわなければ、今後のシナリオ、更にシステムに甚大な障害を及ぼす可能性が大いにあった。
勿体無いと思わなかった訳ではない。
危険人物だと脳内で警報が鳴っていてもそれとは真逆にこの素晴らしく成長を遂げた造形を残しておきたいという欲求も身の内で湧いてたのは確かだった。
自分の手元に置いておきたい欲とこのままにしておくには将来的に危険すぎる、それならば他の誰でもないこの素晴らしい造形を作った自分自身の手で壊しておく方がいい。誰かの手で壊されるのなら自分がこの人間を壊す。誰の手にも触れさせはしない。
保存と破壊、相反する二つの感情が身の内に宿る。
こんなことはかつてなかった。
しかしその余裕ももうない。
段々と追い詰められていく中、この人間の後ろに見え隠れする不純物に気付く。
これがこの人間の強さに隠されたものだと今になって漸く気付いたが、既に遅すぎた。
まさか私が獲物にした時点で気付かない内に組み込まれたプログラムだったのか。
思い出したくもない影が脳裏にチラつく。
振り下ろされた剣の軌跡を追いながら、試験終了のチェックメイトの声が頭に響いた────。
初出:2020.11.17