── 沖の屋
126話 ─ 中段 ─
短剣を振るいスキルを発動させた旬の剣舞を少し離れた上空から見下ろす六枚羽の天使の姿があった。その表情は愉悦にまみれ今の状況を愉しんでいる。
新しい作品が完成しつつある。
それもとびきり美しく強靭な軀を持った傑作品だ。
ヴェールの下から覗く顔からは、男なのか女なのか一見しただけでは見分けを付けることができない。ただ、今までで一番の自信作だと自負していた巨像を意図も容易く目の前で破壊されていく光景に、焦りや憤りの面さえ見せることなく終始笑みを浮かべて見ていることが、却ってそれの存在を性を超えた超常的な何かに仕立て上げていた。
ここまでの工程は全て自分が仕向けてきたこと。
あれは自分の構築したシステムに必要な素材だ。
罠を張ったのだ。
人間どもの言うD級ダンジョンの中にもう一つ隠された場所。
ここに辿り着いたものの中から自分が描いたシナリオにピッタリな素材を得る為に。並の人間では到底クリアできるようなプログラムは組んではいなかった。案の定、今回プログラムをクリアできた獲物は一匹のみだった。
しかもかかった獲物は最初はとてもそのままでは使えるようなものではなかった。
誰よりも弱く、罠にかかった獲物の中でも一番使えないと思われたもの。だが、一つだけ他のものを圧倒的に凌駕するものがあった。
そう、初めて罠に掛けたあの時からその瞳だけは今と変わらず強い輝きを放っていた。
他の人間どもが絶望で瞳を昏く歪ませ地面に伏せる中、この人間だけは光を失わず強く見据える程に前だけを見ていた。
興味が湧いた。
けれども今のままでは自分の自信作である神像の爪の先にも到達できはしない。
だからシステムの中に組み込んだのだ。
さあ、最後の仕上げはこの手で直接施そう。
あれからどれくらい強くなっただろうか。
あの時、直ぐに胴体から離れてしまった脚は今は簡単に外れることはないだろうか。
一つ一つ慎重に調べていこう。それでもし気に入らなければ壊してしまえば済む話だ。そしてまた新しい獲物を見つけ、それ以上の作品を創ればいいだけのこと。
ここまで創り上げたものを壊してしまうのは些か勿体ない気もするが、中途半端なものではこれから先に待っているシナリオに到底使えるものではない。
それならば、創り手である自分が直接この手で壊し、システムのリセットを行おう。
天使の姿をしたそれの目の前では旬が巨像に向かって拳を突き出し、既に亀裂の入っていた顔面はその衝撃で無惨に破壊され巨体を地面に倒れ伏していた。
ああ、やはり素晴らしい。
是非とも私の目に狂いはなかったことをその力で証明してほしい。
私を失望させないでくれ。
いまだ余力を残した状態で残りの石像を地面に沈めた旬を改めて視界に入れる。
召喚獣の使用を制限したが、そのスキルがなくとも既に一人で高ランクのダンジョンはクリアできる力は備わっている。
見下ろす旬の足元にはいつもならある筈の影が不自然に消えている。いまだ召喚スキルの制限が発動されている証だ。
ふと、この試練を始める前に相対した影の騎士の姿を思い出した。
主に何かあればシステムのルールだろうが構わず介入すると言って退けた不遜な態度を取る、目の前にいる人間が初めて従者にしたシステムが関与した元騎士団長。
あれがこの人間が壊れるところを黙って見ている訳はないだろうが関係ない。それともいっそのところ影から出したところを目の前で壊してみるのも一興かもしれない。
主を失った従は絶望と共にこのシステムへの怒りを抱きながら、強制的に影の契約を解除させられ、元いた場所へ戻される。あれは他の影とは違い、このシステムが創り上げた創造物なのだ。所有者がいなくなれば私の元に返してもらうのが筋だろう。
その際にあれの記憶をどうするか。
全てをリセットしてやるべきか、記憶を残したままにして、またいつ訪れるか分からない主となるものを永遠に待ち続けさせてみるか。
口角を上げ愉しげにそんなことを考えている間に、全ての石像を破壊した旬が宙に立つそれの前に立ち塞がる。
試練が終わったと思っている旬は、自分に起こっている事象を全て知る為に問いかける。しかしそれに対し天使の姿をしたそれは嫌な笑みを浮かべながら一つクエストを発動させたのだった。
“緊急クエスト”
“決められた時間内に敵を倒すことができなければ、あなたの心臓は停止します“
「私が最後の試練だよ」
まあ、後のことはこの試練が終わってから考えればいいことだ。
壊すことが目的ではない。
私の理想通りの成長を見せてくれたら、主従共に次のシナリオに移行するだけなのだから。
問われるままに自身の正体を明かすと、全てを見極める為に刃を旬に向ける。
さあタイムリミットまで残り僅かだ────。
初出:2020.11.07