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115話 ─ 中段 ─

『水篠家長男が変なこと言い出したww』

 さっきまで学校であったことや最近の話題についてSNSで遣り取りしてたのに、いきなり話を変えてきた葵に何事かと思った。
『旬くんが?』
 葵のお兄さんと言えば前にレッドゲートでお世話になった水篠ハンターしかいない。
 最近再覚醒でSランク認定され、しかも架南島レイドで今まで誰も攻略できなかった蟻の討伐に成功した、今や世界中で注目を浴びている有名人だ。
 そんな有名人と短期間だったとはいえ一緒のレイドに参加してたことが今でも信じられない。しかも親友の兄!! こんなこと誰かに自慢したくて仕方なくなりそうだけど、実は今まで誰にも言ったことはない。
 唯一、葵にだけはレッドゲートでのことを話したけど、あの時のことは誰にも教えたくなかった。そりゃあ命に関わる怖い思いもしたし、自分のランクではハンターだけでやっていくことは到底無理だって認識もした。だけど、それを置いてもレッドゲートでの体験は私の中では宝物みたいにキラキラしたものとして、そっと心の底に閉まって誰にも教えたくなかった。
 と、話は逸れたけど、その水篠ハンターが何か言ったみたいだけど、一体何を言い出したのか気になって、葵に先を促した。
 間を置かず軽快な音と共にメッセージが返ってくる。
『俺って男としてどう?ってwwww』
『勘違いはじまったw』
 内容の衝撃と葵の容赦のないツッコミに一瞬どう返信すればいいのか固まってしまう。
 え?! どういうこと??!
『男としてどう? って、どういう状況でそんなこと言ってきたの?!』
 誰かに何か言われたのか、それともどこかのテレビ番組かインターネットで「THE★漢」って感じの特集でも見て客観的な自分が知りたくなったのかな?!!
 どっちにしても唐突過ぎて早く葵の返事が欲しい!!
『えー、わかんない』
『お風呂から出てきたと思ったら急に言い出したから』
『ヤバいww自分のカラダ見て何かに目覚めたとかならウケるwww』
 流石、妹。言葉に容赦がない。
 ポンポンと送られてくるメッセージに苦笑が洩れる。
『でも最近ネットとかでも旬くんのこと書かれてることあるよ』
『カッコいいとかモデルみたいだとか』
 私が見てるところは好意的なものが多いけど、前に久し振りに偶然会った隊長に聞いた話によると、水篠ハンターへのアンチコメントが多くて毎日排除するのが大変だって言ってた。
 あ、毎日排除してんだ……、て心の中で思ったけど口には出さなかったよ。
 また話が逸れた……。
 彼は自分のことを殆ど語らないし、架南島レイドの時のことも何の釈明もしなかったから、その辺りも人によれば気に触るのかもしれない。
 必要以上に語らないところは今も変わらないんだって思ったかな。誤解されやすいタイプなのかもしれない。
『はあ?! 何それwwあの引きこもりがモデルみたいだって? www』
 色々思い出している間に葵からまた辛辣なコメントが返ってくる。
 どのアンチよりも葵のコメントが一番毒があるんじゃないかと思えるけど、その実ここの兄妹はかなり仲が良い。
 父親がレイド中に行方不明になり、母親も四年もの間溺睡症で眠り続けていたんだ。二人で協力し合いながら暮らしていかなければ生活は成り立たず、だけどそれが逆にどこの兄妹よりも絆を深くしていた。外側だけを見る限り全然そんな風には見えないけど。
『でも実際背も高いしカッコいいじゃん』
『葵は毎日顔を合わせてるから感覚麻痺してるんじゃない?』
 私が知ってる男の人の中だけの評価になっちゃうけど、それでも街中を歩いてても水篠ハンター程の背が高くて顔も良い男の人ってほぼ見かけたことがない。
『えー?! お兄ちゃんくらいの人なんてそこら辺にいっぱいいるじゃん!』
『それよりもDTSの私の王子様!! 彼の方が何倍もカッコいい!!』
『お兄ちゃんなんて足元にも及ばないね!!』
 流石に芸能人と比べるのはどうかと思うよ、葵さん……。
 DTSの話が出てきたから、葵のテンションがそろそろ上がってきそうなので早々に切り上げる方向に持っていかなければ!
 彼らの話題を話してくれるのはいいんだけど、今日は学校でも聞かされたので、これ以上はお腹いっぱいかなって思う。葵には悪いけど。
 取り敢えず、比べる相手を間違ってるってコメントを返して話題転換することにした。
『そう言えば、葵って結局架南島の討伐の時の旬くんの映像って観たの?』
 急な話題転換だったけど、気にせず押し通す。こう言う時は相手の顔が見えないのが却って遠慮なく好きにメッセージを返すことができる気がする。まあ、それも親しき中に限るかもしれないけど。
『観た観た!! りんが言ってた召喚獣も分かったよ!!』
『お兄ちゃんの側にいた大きな剣を持った騎士みたいな召喚獣だよね』
 前にレッドゲートであったことを話した時に水篠ハンターの召喚獣のことも葵に話した。葵は今まで彼の召喚獣を一度も見たことがないって言ってたから、きっとびっくりしただろうな。
『そう! その召喚獣!』
『蟻を一瞬で倒してた! 召喚獣ってあんなに強いんだね! それともやっぱり旬くんが強いからなのかな』
 一緒にいたS級ハンターたちに引けを取らないくらい強かった。絶対前に会った時よりも強くなってる。
『やっとどんな召喚獣か分かったから今度は私が見た協会のサングラスの人だね』
『テレビに映ってなかったから架南島には行ってなかったのかな』
 ハンター協会の人だからってレイドに参加するとは限らない。しかも葵が会った人がハンター覚醒者とも限らないし。
 でも何となく水篠ハンターが気にするってことはその人もハンターなんじゃないかって思う。ただの職員に緊張したり意識したりなんてしない気がするから。
『そうかも』
『まあ、ハンター協会の人って言っても私たちには全然関係ない人だもんね』
『それこそこの近くでゲートが開くか、旬くんから紹介してもらうしか会えることはないのかも』
 私も協会の人に会ったのは覚醒判定にハンター協会に行った時くらいだし。今はもうレイド攻略に参加もしてないから、協会主催のイベントやそれこそこの辺りで非常事態が起きない限り会うこともない人たちだった。
『だよね』
『まあ、お兄ちゃんが誰か連れてくるなんてこと、天変地異が起きない限りありえない』
『引きこもりのほぼ廃人だからw』
 結局、葵の水篠ハンターに対する評価はそこに落ち着いちゃうんだね。
 一周回ってもやっぱり同じことを言ってくる葵に苦笑して、そろそろ夜も遅くなってきたから話も切り上げることにする。
 結局、ハンターだの召喚獣だのを話題にしても実感の湧かないことだから興味は直ぐに他に移っていく。
 あとは少しだけ明日の授業の話をしたら、もうさっきの話題については頭から消えていて、いつも通りのスタンプを押したら会話終了。
 そのままベッドに入る。
 タオルケットに包まり携帯電話で明日の天気を調べる。
 あ、晴れだ。
 週間予報は明後日から天気が崩れるみたいだけど、明日は大丈夫そう。
 体育あったかなあ……。
 そんなことを考えていたら睡魔は直ぐにやってきて、そのままゆっくりと眠りにつくことができた。


初出:2020.12.06

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