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113話 ─ その後 ─

 漸く一人になることができた旬は、その場でひと息吐くと自分の影に向かって声を掛けた。
「イグリット」
 すると音もなく何時ものように一人の騎士が既に跪いた状態で旬の目の前に現れる。
“やっぱり”
 現れたイグリットの姿を見た途端、あまりにも自分の想像した通りだった為、苦笑を通り越して可笑しさが込み上げてくる。
 先程の向坂ハンターとの試合のことをまだ引き摺っているのだろう。
 かく言う旬自身も悪魔王の長剣を使用してもイグリットが敵わなかった向坂の強さに驚いていた。彼女の強さを見誤っていたのは自分の落ち度でもあるのだからイグリットには何の非もない。
 けれどイグリットの気質上それでは気が済まないのだろう。
 きっと主である自分に勝利を持たせられなかったことを気に病んでいるに違いない。
“しようがないヤツだな”
 今喚び出されたのも負けたことについて叱責されると思っているのかもしれない。
 何も発しない旬に常ならば訝しげに顔を上げるところを今は何も言わなければずっとそのままの状態で居続けている。
 頭を下げて旬の方を見ない姿に叱られる前の大型犬を彷彿とさせられ、思わず唇に笑みを浮かべてしまう。

 カツン──、

 跪くイグリットの前に進むと下を向いたままの頭をそっと抱き締める。
「さっきはお前に声を掛ける前にそのままベルを出してしまったからその場で何も言えなかったがご苦労だった。」
 案の定、イグリットは驚いたように身体を揺らしたが構うことなくそのまま話し続ける。
「お前に非はないと言っても、お前は勝てなかったことに自分を責めるんだろうから、俺はその点については何も言わない。ただこれだけは言わせてほしい」
 跪くイグリットに旬も同じく跪き、俯いたままの顔を持ち上げ自分の視線に合わせる。
「俺の兵士の中で一番の剣の使い手と言ったことは紛れもない事実だ。その剣は俺を護る為に強くなった剣だ。だからこれからももっと強くなれ。そして俺をお前の剣で護ってくれ」
 兜の面に額と鼻先をくっ付け睦むようにイグリットに言葉を紡ぐ。
 身体を寄せてくる旬の意図を察したイグリットは恐る恐る旬の身体を自分の方へと引き寄せると、旬は正解だと言うように彼の兜にキスをする。
「俺の騎士はお前だけだ……」
 囁く声は兜を外したイグリットの唇にゆっくりと奪われ、月明かりに照らされた影は長い間一つになったまま離れることはなかった。


『本当は長剣を振るうイグリットに身体が昂ったっていうのは秘密にしておこう……』
 旬がイグリットを喚び出した理由が労い以外の意図があったということはここだけの話────。


初出:2020.11.02

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